柳生博は皆さんご承知の著名な俳優ですが30年ほど前から自然の中の暮らしを求めて、八ヶ岳の南麓に移住しました。
これはその30年にわたる森の生活の記録です。
そのきっかけは、俳優としての生き方が家族の暮らしのバランスを崩しかけたことに気付いたことだったそうです。
そのときに思い出したのが,13歳のときに訪れた八ヶ岳の原生林で体験した不思議な森の記憶でした。
森の奥深くに足を踏み入れるにつれて樹木がうっそうと繁り、人間以外の気配に包みこまれる世界で、草花やそこに棲む動物や虫たちの息吹に囲まれて、彼は自分の生き物としての本当の姿を知ったのです。
あそこに行けば自分を、家族のバランスを取り戻すことができるのではないかと思ったときに、衝動的に家族そろっての移住に踏み切りました。
そからは野良仕事の毎日だったそうです。
全く手入れされていなかった人工林に分け入って、光の入らない森を間伐し、本来そこにあったはずの樹を植えて草を刈る日々が続きました。
こうして小さな森が息を吹き返してくるにつれて、彼の家族も次第に生き物としての本来の姿に帰り、バランスを取り戻したのです。
やがてその生き方が人々に知られるようになり,10年後には多くの人たちが見学にきてその対応に追われる事態になりました。
またここでバランスが崩れかけたのですね。そこで考えたのがその森の一部をパブリックスペースとして開放することでした。
八ヶ岳倶楽部の誕生です。
家族だけの空間が多数のひとを迎える問題はあったのですが、一方自分たちのつくった美しい森と自然を見せたくてしかたがなかった気持ちもありました。まず奥様の趣味を生かして、森の中のギャラリーをつくり、そこにさまざまな作家のアートを展示し、次いで小さなレストランを開きました。
お店の経営には全くの素人でしたから、家族の苦労はたいへんだったそうです。
ここでの息子さんたちの協力は大きくて、やがて友人のつてなどで専属のスタッフが揃ってきました。
森を眺めるテラスもつくり中庭もできて、常連たちによるコンサートや結婚式も開かれるようになったのです。人は森を眺めていると、どうしてもその中に入ってゆきたくなるものです。
しかし大勢の人が立ち入ると林床が荒れてしまいます。
そこで古い枕木をもらって小道に敷き詰めることにしました。
すべてが手作業だったそうです。
こうして森は見事に再生しました。
シラカバやアオハダなどが美しく育ち、やがてたくさんの野鳥たちが集まってきました。彼は現在日本野鳥の会の会長です。
野鳥の気持ちになって森に入ると、また視点がかわるといいます。
自然の象徴ともいわれるイヌワシもくるようになりました。
ここでの主役は自然の森なのです。
四季を通じてのたいへんな作業の成果によるものでした。
彼は営繕ということを強調しています。
壊して建てるのではなく、細かく手を入れてより美しいものにしてゆくのです。
標高1350>mのこの八ヶ岳倶楽部は、エコという前にごく自然にエコな生き方を実践していました。
よくあるタレントショップでない、本物の自然を愛する姿は見事なものです。
たまたま昨年KVSのテニス合宿でここを訪れて、彼とK-BETSの話をしたのも楽しい思い出でした。
この本が出る直前だったようです。
写真も美しいので、緑陰での読書には最高の一冊としてお勧めしましょう。
「了」 (要約)吉澤有介