巨大翼竜は空を飛べたか 佐藤克文平凡社新書 2011・6・17

スケールと行動の生物学 

  測定は、加速度データロガーと装着する技術の向上によって、アカウミガメ
から南極のペンギン、アザラシ、マンボウ、クジラなどの水中行動の内容を明らか
にした。
その過程で、動物の動きが体の大きさ(スケール)や形に大きく左右されることを
確認できたのである。
ここで得た結果は「ペンギンもクジラも秒速
2mで泳ぐ」という驚くべきもので
あった(光文社新書で報告)。
最もエネルギー消費が少ない巡航速度になっていたのだ。

 その測定方法も、個体を捕獲してデータロガーを装着して放し、数時間後に再
度捕獲して装置を回収してデータを取るやり方から、再捕獲しにくい動物には、こ
ちらから電波を送って装置を自動的に分離させ、その位置を探索して洋上で回収す
る技法も開発した。
装置はさらに軽量化され、測定項目も増え、精度も向上したので、水中だけでなく
測定は空を飛ぶカワウやオオミズナギドリにまで及んだ。
超小型カメラも装着している。

その拠点は、あの三陸の大槌町に開設された東京大学大気海洋研究所である。
本書では、野外における厳しい自然条件の中で、著者や博士研究員、大学院生たち
のたくましい研究活動の様子が生々しく紹介されている。
とくに若い女子大学院生たちの活躍は特筆に値するものであった。
無人島で、深夜から早朝にかけての調査だから凄い。

その結果、さまざまな動物について、3次元の行動記録が時間軸とともに正確に
把握され、世界の学会に英文で報告すると大きな反響があったという。
その中には専門家のこれまでの常識を覆すものもあって国際的な話題になったが、
実測による証明はやはり大きな力になった。
ここで得られたデータによると、体重と、ヒレや翼を動かす周期は、水中から空中ま
で、また哺乳類から鳥類まで連続してグラフの上できれいに並んだ。

それをフランスの著名な海鳥学者から高く評価されて、インド洋にあるフランス領の
島で、最大型鳥類である各種アホウドリの行動研究をすることができた。
ここで現生鳥類についての、体重、体型、羽ばたきで得られる揚力などの関係がほぼ
あきらかになったのである。

そこで著者は大胆な仮説を提唱した。この現生鳥類の飛翔特性は、化石になって
いる翼竜にも通じるだろう。
とすれば通説の翼竜のデータから推測すると、巨大翼竜は、どうしても自力で飛べる
はずはない。
古生物学者たちの学説は誤りで、もし飛べたとするなら、
1億年前当時の大気の比重が
よほど高かったことになる。

このバイオロギングサイエンスは、思わぬところまで波紋を広げた。
著者はこの論争を心から楽しんでいるように見える。

著者は1967年生まれ、京大農学部水産学科から大学院を経て、アカウミガメの生態
研究で学位をとり、生物にデータロガーを装着して行動記録を測定する、バイオロギン
グサイエンス(生物が記録する科学)の領域を開拓した異色の研究者である。

彼の研究所はこのたびの311の東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた。
人は無事だったが、データや資料がすべて失われたという。

再起を祈るばかりである。
「了」  記 吉澤 有介

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