著者は野生生物研究を専門とする科学ジャーナリストである。
長年にわたり捕食動物の管理と、絶滅危惧種の保護について調査をしてきた。
本書は生物多様性が頂点捕食者の存在によって守られてきたという仮説にゆきつく
までの、科学者たちの研究の歩みを紹介している。
氷河期以降、マンモスなどの大型獣が急速に絶滅したのは、人類が狩りすぎたせ
いだといわれている。
さらに捕食ピラミッドの頂点にいたオオカミやライオン、クマなどの肉食獣が害獣
として、またラッコやヒトデなどの小さな捕食者までが、人為的に消滅させられて
きた結果、地球の生態系は土台から崩れてゆくという事実が明らかになった。
一般に生物が絶滅してゆくのは、食物連鎖でエサがなくなったためとされてきた
のに、実態は捕食者がいなくなったからだという衝撃的な話である。
きっかけは一人の若い生態学者が、ワシントン州の海岸のある岩場で、ヒトデを排
除する実験をしたところ、それまでヒトデに食われていたイガイが猛烈に繁殖して、
そこにいた多彩な生物たちを駆逐してしまった。
捕食バランスが乱れて、生態系が崩壊したのである。
この1966年の報告は大きく注目され、捕食者に対する偏見が見直されることになった。
北米大陸ではオオカミが駆逐された結果、シカが急速に増えていた。森はシカの食
害で荒れ果て、草花は消えてトリたちまでいなくなってしまったのである。
ここで分かったのはオオカミが自然を管理していたということであった。
増えすぎたシカの対策に、まず銃で駆除することが提案されたが、猛烈な論議を生
むことになった。
しかし捕食者がいなくなっての弊害は普遍的な意味を持っていた。
やがてシカに媒介されたライム病がヒトに感染し、被害が拡大することによって、シ
カの駆除は緊急の課題となったのである。
そこで1995年、はじめて8頭のオオカミがイエローストーンに放たれた。
カナダの奥地から迎えられたオオカミたちは、一年もたたないうちに明らかな効果を
現し、10年目には300頭に増えて、森は急速に息を吹き返した。
川原のヤナギやポプラまで蘇ったのである。
またオオカミは弱いシカを食べるので、シカの群れ数は減っても、種としてはかえっ
て健全になる効果もあった。
またそれまで暴れていたコヨーテも、オオカミの帰還によって分をわきまえておとな
しくなったという。
捕食動物が消えつつある世界から届く暗いニュースとは対照的に、イエローストー
ンは輝かしい光を放っていた。
2004年9月、12人の生態学者によってアメリカの再野生化という壮大なプロジェクトが
提唱された。これは夢物語のようだが、科学雑誌「サイエンス」も応援している。
食うものと食われるものが、常に緊張しながら生きている、それが自然の姿なのである。
アメリカの原風景が蘇る日が待ち遠しい。
日本でもシカの被害は深刻である。農林業への打撃だけでなく、自然植生への影響も
甚大で、森林更新のために緊急な対策が求められている。
本書に学ぶところは大きい。
「了」
要約 2011年5月28日 吉澤有介