今年は11月に入ってからどうもお天気が安定しません。近郊の山々の紅葉はまだでしょうが、うっかりすると出かけそこねるかも知れません。そこでまず足慣らしにと、以前に訪れた狭山湖の様子を見に出かけることにしました。
ここに来たのはもう20年ほど昔のこと、西武球場前から山口観音を抜けて、湖畔の堤防で大きく開けた眺望を楽しみ、北岸を回って金掘沢を六道山公園まで足を延ばして青梅街道のバス停まで歩きました。たっぷり丸一日の行程でした。しかし今はとてもその脚力はありません。半分がいいところでしょう。
しかしこの20年はこの地域を大きく変えたようです。西武鉄道のパンフには、「森林浴を心ゆくまでトトロの森を歩くのんびり散歩」とありましたが、実際にはとてもそのようにはゆきませんでした。これは追々とお話しましょう。
ただ狭山湖の風景だけはさすがです。湖面遠くには気の早いマガモの群れも見られ、多くのカメラマンが望遠カメラを向けていました。奥多摩の大岳山も薄く霞んでいます。
堤防の先は公園風に整備され、あずま家などがあります。いよいよ狭山湖北側の樹林帯に入りますが、しばらくは舗装道路です。左側は東京都水道局が管理する湖面に沿った水源林で、厳重な鉄のフェンスがどこまでも続きます。
その内側の自然林の素晴らしいこと。80年前につくられた貯水池とともに、ほとんど人手が入らない狭山丘陵の森が、遷移の末にそのまま極相に達して、深い原生林の様相を見せてくれます。鬱蒼とはまさにこのことをいうのでしょう。苔むしたクヌギやコナラ、それにイヌシデなどに若木も混じって、神々しいほどの美しさでした。約1キロほど先からは舗装から地道に変わります。
ところがその道の右側がいけません。破れかけた金網のフェンスから覗く貧弱な雑木林はまだしも、醜悪なトタンの塀に囲まれた建築資材の置き場が続き、その間に何軒もの安手のラブホが営業中なのです。その極端な対照は一体どうしたことでしょう。以前にはこの右側もトトロの森にふさわしい豊かな緑が続いていたはずです。人の気配のない仮設のプレハブの作業場には、何やら異様な不気味さがありました。
この水溜りの地道を歩く人はひとりもいません。ときおりクルマが水しぶきを飛ばして通り、マウンテンバイクも数台すれ違うだけでした。ひたすら左の水源林だけを見ながら、さらに1キロほど歩くとようやく右のフェンスがなくなり、見慣れた自然林が出迎えてくれました。ここがトトロの森5号地です。初めて森の小道に立ち入ってホッとしました。市民がナショナルトラストで、ぎりぎり開発から守った森なのです。
しかしその小道もすぐに行き止まり、「侵入禁止・早稲田大学」の標識が立ちふさがりました。確かにここ一帯は早大の所沢キャンパスです。最近の早大は、林業や森の再生に積極的な提言をしています。ここがその研究拠点なのでしょう。そこで素朴な疑問を感じました。自分の足元の森林のこの虫食い荒廃状況と、すぐ隣の水源林の美しさの対比をどのように見ているのでしょうか。せめて狭山丘陵の全体構想をまとめて、行政を動かし、首都圏の希少な森林リゾートに向けて、強力に推進して欲しいと願うばかりでした。
この先が狭山の森の核心になるはずでしたが、ここでもう行く気がなくなってしまいました。標識は殆どありません。一休みできるベンチなど一つもない。それどころか堤防の基点から3キロほどあるここまでトイレは全く無いのです。どうやらここは森を愛する市民たちが歩いてくるところではなかったのですね。もともと関係職員も自分で歩いたことなどないのでしょう。パンフにあった楽しい散歩道は、壊れた夢となってしまいました。
狭山湖に行くなら湖畔の堤防からの遠望に止めておきましょう。トトロの森はもはや気息奄々なのでした。「了」
(注)ここに載せた水源林は、どちらもフェンスの間から撮ったものです。
期待したオオタカは見ませんでした。