ロンドン便り その39
ロンドン中心部から西に10kmのキュー(Kew)地区にある、王立植物園を訪問してきました。王立植物園(以下、キュー)は、通常キューガーデンと呼ばれています。広さは120万㎡でロンドン南部にある第二植物園のウェイクハーストの188万㎡と合せて300万㎡を超える 広大な敷地を有する植物園で、国際的に重要な植物の研究・教育機関でもあります。
キューガーデンは当初、貴族のケープル卿によって造られたキュー·パークと呼ばれた 庭園が始まりでした。その後、変遷を経てプリンスオブウェールズの皇太后妃によって 庭園は拡張され、1759年にキューとして開園しました。キューには様々な歴史的な建物も包含されています。
その一つが1761年に建てられた八角形で10階建ての中国版パゴダで、250年の風雪に耐え、建立当時の姿を保っています。もう一つがキューパークに隣接していた、オランダハウスです。これは18世紀初期にオランダ商人によって建てられ、オランダ式庭園を持つ館で、王室の子どものための保育所として1781年にジョージ三世によってが購入され、現在では、キュー宮殿として知られており、いずれも内部が公開されています。
植物園内と遠景に中国版パゴダが見えます キュー宮殿(旧オランダハウス)
さらに、キューにとって最も重要な研究拠点である、パーム温室と言う1848年に建設された、鉄とガラスが使われた大きな温室があります。温室の内部は、熱帯雨林地帯、サバンナ地帯、温帯雨林地帯や、乾燥地帯等の環境が再現さ、それぞれの植物が生育され調査 研究が続けられています。その後、1887年にテンプレイト温室と言うパーム温室の2倍もある2棟続きの巨大な温室が建設されました。これは現存するビクトリ時代最大の温室です。(現在は、修復作業中で立ち入り禁止です)
1848年に建設された巨大なガラスと鉄のパーム温室 巨大な入り口ドア
温室内部の熱帯雨林 巨大なパーム温室をバックに咲くバラの花
植物園内の研究用池 1887年築の修復中の巨大テンプレイト温室
キューは大英帝国華やかりし頃から、世界の植民地から集めた様々な植物の生育や品種 改良が行われ、国際的にも重要な植物の研究·教育機関でもあり、2003年には世界遺産に登録されました。永い歴史を持つキューの現園長は17代目のリチャード・デバーレル卿です。
現在約800名の、名誉研究員や科学者、フェロー、植物園芸家と専門知識や運用·管理等多様なスキルを持ったスタッフが在籍しています。その内、約60%が植物や菌類の科学者や植物園芸家です。
キューが保存する700万種類の植物標本は世界最大規模で、生育している植物は30,000種以上です。キューの植物標本は、分類学的研究のために主に使用され、世界のすべての 地域の種類、特に熱帯地方から豊富に集めています。ライブラリーには、750,000冊以上の蔵書があり、175,000のイラスト集や素描画が含まれています。
また、ウエイクハーストには、ミレニアム・シード・バンク(MSB)と呼ばれいる施設があります。現在、世界の植物種の13%、約25,000種類が保全されています。MSBチームは当初、英国のすべての植物種の種子を保全することを目的としたが、今は世界中で非常に稀またはその種子が絶滅の危機に直面して、保全が特に困難な種の保全に努めています。MSBの次の目標は、種子の生息環境における絶滅の危険性に対する保険として、2020年までに世界の植物種の25%を保全することです。
更に、MSBの科学者は、気候変動に対して最も脆弱である高山や乾燥地、沿岸や島の生態系からの種子の収集にも努めています。乾燥地帯から熱帯まで様々な困難な条件を克服し、乾燥や凍結させての保全も実施しています。MSBは経済的に重要な、または絶滅危惧種子に対して、世界植物保全戦略と国連環境計画の下、国際的な目標を満たす手助けも目的にしています。
かって、大英帝国時代に、キューに於ける、これらの育成研究や品種改良等の結果から、商業的な大量生産を目指し、アマゾン流域のゴムの木をマレー半島に移植したり、中国のお茶の木をインドのダージェリン地方に、ペルーのキニーネ(マラリヤに効能あり)のインドでの移植等に成功しています。
キューは国際植物名索引の分野でも本部的な存在で、ハーバード大学の植物標本館やオーストラリア国立植物標本館とデータベースを共用しています。1999年に出版物に必要な植物の命名法に関する情報の信頼できるソースを生成するためのプロジェクトに協力し、IPNI(International Plant Name Index) Kewensisを立ち上げ、19世紀から蓄積された膨大な情報を含む、植物リストを提供しています。キューはまたIPNIとは異なり、2010年に開始されたインターネット百科事典プロジェクトに約30万の種名を受け入れている品種や、約1.6万の植物属と約100万の科学的な植物名を提供しています。
キューでの森林は、敷地の総面積の半分以上を占めており、数千品種の14,000本以上の木々が含まれています。この森林の真ん中に、2008年に空中通路が完成しました。この通路は、高さ18m、幅1.5m、長さ200mの環状になっており、階段またはエレベーターで昇降できます。通路を歩くと木々の上部と同じ目線になるので、鳥やリスが見る風景が見えるわけですが、目線を下に向けると、高さを感じ通常ではない感覚に戸惑いました。
高さ18mの空中歩道から見た森林、遠景にも空中歩道が見えます
最後に、キューは緑豊かな植物園からの植物廃棄物や、バッキンガム宮殿の近衛騎兵隊の厩舎からの廃棄物から作られた堆肥を集積した、ヨーロッパ最大の堆肥ヒープを持っています。堆肥は、主に植物園の中で使用されますが、植物園内での募金イベントの一部として競売にかけられたり、袋詰めされ植物園内のショップでも販売されています。
これだけ大きな国際的な植物園で、研究と教育機関であり、自然保護団体でもあるキューの運営は、政府からの補助金と研究機関、企業の学術・法人会員や53,000名の個人会員の会費と入場料、更に寄付金によって支えられており、いかにも英国的であります。今後、キューの科学的なリソースと専門知識によって、食品や水の安全保障、貧困、病気、気候変動までにも及ぶ、地球規模の様々な課題に対して、バイオマス(植物)ベースのソリューションを見つけることを期待したいですね。(了)