奥多摩の三頭山を歩いて

奥多摩の三頭山を歩いて三頭山(みとうさん)は奥多摩の最奥にある標高1531mの名峰です。ここは多摩川支流の秋川の水源で、山頂付近には、見事なブナ林が広がったすばらしい自然林があります。 またその東面一帯は「檜原都民の森」として自然観察路もよく整備され、四季を通じてハイカーたちに親しまれています。
私たちはこれまで杉やヒノキの人工林の研究を続けてきましたが、本来の森林のあるべき姿を考える上で、原生林や自然林をしっかりと見ておくことは極めて大切なことです。しかし原生林は国内ではごく少なくなっていますし、多少人の手の入った自然林でも首都圏ではなかなか見ることはできません。この三頭山とその周辺の「都民の森」は、貴重な自然林が良く守られていますので、皆さんもぜひ一度お出かけになってみてはいかがでしょうか。
新緑のまぶしい5月の中旬、GWのあとの静けさを求めてJR武蔵五日市駅からバスで都民の森を目指しました。平日の朝のバスは、8時38分発と9時50分発の2本しかありません。その第2便に乗ると、お客は元気なおばさんたちの10人ほどのグループだけで、バスは秋川渓谷に添ってのんびりと走ります。いつもの山村風景が続きますが、30分ほどの元郷のあたりからは両側に山が迫って人家もまばらになってきます。山肌を見ると人工林の比率はだいたい6割くらいでしょうか。どうみても林業しかない村ですが、それにしては林業の様子はほとんど見られません。道路沿いでも間伐は遅れたままですし、製材所はごく小さなものが3か所くらい、原木置場もなく、ようやく一か所だけ施業中の山を見つけました。それも道端のごく小規模の皆伐現場です。あとの森はしんと静まり返ったままでした。

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バスは1時間ほどで、檜原街道最奥の数馬の部落に着きます。ここは合掌造りの民家があり、そのまま民宿をやっているので一泊してのんびりすごすのも良いでしょう。ただここにある温泉センターが何とコンクリート造りなのです。木の国でありながら一体これはどうしたことか残念に思いました。林業の志はどこに行ってしまったのでしょう。
数馬からはバスをのり替えて、奥多摩周遊道路を都民の森に向いますが、この区間だけはバスが無料となっています。「都民の森」には大きな駐車場があるので、大方の人は車で来るようです。ただこの日は5台ほどいただけでした。
ここから歩きになりますが、周辺はもうすべて心地良い自然林です。正面に木造の大きな森林館がありますが、寄らずに三頭大滝への遊歩道に入りました。チップを敷きつめたゆるい登りで、とても楽しく歩きやすい道です。

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間もなく滝見橋入り口ですが、この吊り橋から見る三頭大滝は落差30mの名瀑で、水量も豊かですからまさに圧巻です。
もと山屋としてはつい直登ルートを目で探しています。もう少し若ければきっとやっていたことでしょう。カメラには滝の上部だけしか入りませんでした。

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ここまでならどなたでも安心して歩けますから、ご家族でぜひお出かけください。一休みして涼しい源流沿いの山道に入りました。すでにホウやシオジの老木もあり、深山の趣が心にしみてきます。ブナの路の標識を見て岩まじりの緩やかな道を行くと、一抱えもある見事なイタヤカエデやミズナラが次々に現れてきます。

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その幹はびっしりとコケに覆われていました。歩きやすい山道は次第に高度をあげて、いよいよブナの林に入ってゆきます。私の山の原点は昭和21年の飯豊の原生林でしたので、ブナには特別の思い入れがありました。そのブナがこんな近い山に、これほど豊かにあることは驚くばかりです。古木の幹の独特の肌の色も、飯豊のブナと全く同じでした。朽ち果てた倒木もある森いっぱいに一斉に芽吹いた新緑に、広葉樹の自然更新が進んでいるのがよくわかります。

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やがて行く先に稜線の鞍部の空が見えてきました。源流はすでに岩屑の中の伏流になっていますが、水音はしっかりと聞こえてきます。あらためてブナの森の豊かな保水力を感じました。三頭大滝からゆっくり1時間ほどで、ムシカリ峠に着きました。周りはすべて見事なブナ林です。ここで不思議な形のブナを見つけました。ブナの腰掛け?でしょうか。

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ここからは山頂までもう30分もかかりません。三頭山の頂上は名前のとおり三つありますが、いずれも広くてゆっくりと休めます。この日は雲が広がって富士山の眺望はありませんでしたが、雲取山などの奥多摩の山々は薄く霞んでいました。しかも山頂には誰もいないのです。たった一人の山は本当に久方ぶりのことで、タケカンバやブナの香りに包まれて大満足の一日でした。

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下りはすこし戻って深山の路から岩の路を探り、新緑にむせながらもとの三頭大滝を経て、ふかふかのチップの道をのんびりと歩きました。
帰りは16時45分の終バスでしたが、乗客は何と私一人だけの貸し切りでした。まだ陽の高い浅間嶺や笹尾根の山々を眺めながらの快適なドライブです。終点の武蔵五日市駅で、若い運転手さんにシルバーパスを見せながら、少しきまりわるくて「すみません。80歳の誕生日なので」といったら、彼は「おめでとうございます」と笑ってくれました。

都民の森はこれからもせっせと通うことにしましょう。皆さんもご一緒しませんか。
(2009,5,13   吉澤有介 記)

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