ブルーバックス2013年9月刊
著者は、東京大学大学院薬学系研究科の准教授です。脳研究者で、前著「進化しすぎた脳」は 慶應義塾ニューヨーク学院高等部で連続講義したものですが、好評でベストセラーになっています。著者はさらに母校である静岡の高校で連続講義を行いました。本書はその全容で、テーマを、「脳は私のことをホントに理解しているのか」として、心の不思議に迫っています。脳研究の最先端を高校生に語りかける、著者の手練は実に見事なものでした。
まず手を見るだけで、理系か文系かがわかるというのです。薬指より人差し指が短いと理系である。それなりの理由があるのですが、さらになぜある人を好きになってしまうのか、吊り橋の上で告白すると成功率が高いという研究を紹介して、高校生たちはざわつきます。
脳は、因果関係がなくても錯覚するし、大方は無意識に活動します。それにいろいろなクセもある。ありもしないモノが見えたりしますが、脳の活動こそが事実なのです。感覚世界がすべてであって、実際の世界である「真実」を、脳は知ることができません。事実(fact)と真実(truth)は違います。そこで脳が早とちりして子孫を残すことができるのです。
私たちの思考はどこまでが意識的なのでしょうか。それを探るためのサブリミナル効果を使う研究があります。一瞬だけのメッセージを出すと、人には見えた気がしないのに、無意識の世界には届いているという現象で、「無意識の心を操る」として規制されていますが、実験で確かめられています。このとき脳のある部分が活動していました。「大脳基底核」と呼ばれる、「やる気」や「モチベーション」に関与する部位です。ここはまた「直観」を生む場所でした。「直観」は、よく「ひらめき」と混同されますが、これは全くの別物です。「ひらめき」は思いつきで、大脳皮質が担当しており、あとで理由が説明できますが、「直観」は自分でも理由がわかりません。しかし正解することが多い。「直観」や「勘」は無意識の記憶で、修練によって身につき、経験を積むほど鍛えられる特性があるのです。たぶん脳は、「自分よりも体のほうが真実をわかっているという事実を、きちんとわかっている」のです。だから自分の感情や状況の判断に、「体」の反応を参考にしているのでしょう。
このように「心」を研究する脳科学は、近年急速に進展しています。脳科学は、心理学や哲学に近いように思われていますが、れっきとした理系のサイエンスで、さまざまな実験が行われています。「心が痛む」ときは、脳でほんとに痛みを感じていました。働く脳部位が同じだったのです。また右脳の頭頂葉と後頭葉の境界にある「角回」という部位を刺激すると、なんとベッドに寝ている人が2mも浮き上がった「幽体離脱」が起こりました。心と体が離れたのです。そこまでやらなくても、私たちは他人の視点で自分を眺めることができます。進化の過程で、脳の「他人観察力」を「自己観察力」に使い回すようになったのです。
ヒトの遺伝子の数は約2万2千個とわかっています。DNAの塩基対で30億ですが、これは750MBつまりCD1枚分です。一方ニューロンは桁違いに多く、12,5 GBに相当するらしい。今これをそっくり巨大な電子回路に置き換える研究が進んでいるそうです。また脳を隈なく電子顕微鏡で精査する計画もあります。果たして脳は解明できるのでしょうか。了