- 予測する科学の歴史と可能性 - 太田直子他訳、早川書房2010年1月刊
著者は、オクスフォード大学卒の数学者で、現在はカナダで活躍するサイエンスライターです。私たちは、誰もが先を読む生きものであり、その結果によって生きています。常にまわりの環境と相互作用しながら、情報を読み取り、一方で発信しています。古代の天文学から現代のカオス理論へと、その予測は最新技術を駆使した科学的予測として大きく発展してきました。しかし、その予測はどれだけ頼りになるのでしょうか。
著者は、天候・医療・経済の3分野に焦点をあて、「予測する科学」の精度を解明してゆきます。この3分野は相互に密接に関連してともに成長し、DNAを共有し、似通った形質を持っています。その緻密な検証は500ページを超える大著となりました。A4一枚の要約はとうていムリなので、その内容の大筋だけを辿ることにしましょう。
ギリシャ神話に初めて現れた予言者は、大地の女神ガイアでした。住んでいたとされるデルポイの神託所は、およそ1000年にわたる長い間、経済・政治・宗教・戦争における予言の権威でした。大切な決定の大半は、神官や巫女の予言によって行われたのです。その予言によって生まれた子がピタゴラスでした。やがて数学者にして哲学者となり、数の力による新しい予言法を確立して、未来を予測しただけでなく、未来をかたち作ったのです。科学は彼の時代から大きな変容を遂げましたが、理性と分析を重んじる姿勢は変わっていません。
世界初の気象庁は1854年に英国で設立されました。トップは、ビーグル号の船長として、ダーウィンを世界一周させたフィッツロイです。彼は天気予報を開始しましたが、科学界の権威や一般民衆に歓迎されず鬱病になり、ついに10年後、59歳で自殺しました。
その後2度の世界大戦で、天気予報は軍事力としても注目され、ノイマンらの気象モデルはMITのローレンツに引き継がれて、カオスの発見に繋がりました。気象学の最大の貢献は、暴風などの警報はもちろん、人類が知らずに影響していた、気候システムの脆弱さを指摘したことでしょう。モデル誤差はあっても、オゾン層の減少や、二酸化炭素濃度の上昇などの実態が明らかになったのです。
ゲノム計画の主要目的の一つは、病気を予防することでした。DNA配列解析のコストは、劇的に低下しています。多くの分子生物学者は、数学モデルによる遺伝子型から表現型を計算できるとみています。しかしここでも天気予報のような確率ノイズの問題がありました。
人口統計と財務状態で、経済の現状を見通すためには、とくに社会の力学を理解する必要があります。資本の効用についてのニュートンのような運動法則はあるのでしょうか。科学的予想の天気・病気・景気の3分野には共通点がたくさんあって、まるで兄弟のようです。
数理モデルはさらに必要でしょう。しかし予測可能でないことは生命の深淵なる特性です。行動があまりにも読まれやすい生きものは死に絶えます。複雑な生命体は不安定ではなく、創造性と制御能力を合わせ持っているのです。著者は2100年を予測しています。「了」