中公新書2017年5月刊 著者の専攻は進化生態学、昆虫学で、カリフルニヤ大学バイクレー校の環境科学政策マネジメント研究科に在籍している日本学術振興会海外特別研究員です。進化とは、生物の形質が世代を超えて置き換わってゆくプロセスのことですが、本書では、その主な要因である自然淘汰の実態について、なお大きな謎が秘められていることを語っています。
遺伝はDNA配列の複製という仕組みによりますが、そのときごく稀におこる複製ミスで突然変異が生まれます。突然変異はランダムに起こるので、いつも都合の良い形質が生まれるとは限りません。多くの場合は有害で淘汰されてしまいますが、たまたまそのときの環境にもっとも適したものだけが、選び抜かれて集団のなかに広まってゆくのです。そのプロセスや結果を「適応」といいますが、そう単純ではなく、現実の生物には、それを妨げるさまざまな「制約」があって、そのせめぎ合いが進化の度合いを左右していました。
殆どのカタツムリは時計回りの右巻きです。左巻きはまず珍しい。右巻きと左巻きでは、同種であっても互いにうまく交尾ができません。左巻きは自分と同じ相手を探すのに苦労して、繁殖してゆくのは難しいのです。淘汰されるはずでした。それでも世界各地には左巻きのカタツムリがいます。その謎は、カタツムリだけを食べるヘビがいて、数の多い右巻きをうまく食べるように特化していたためで、繁殖には不利だった左巻きが、天敵から逃れるメリットがあったのです。ところが、その天敵のヘビがいないハワイ島にも、左巻きが生息していました。それは「海洋島」に偶然に漂着したのが左巻きで、仲間を増やしたと考えられます。自然淘汰で不利であっても、生き残ることがあるのです。
進化生物学者は、最適化にこだわります。しかし実際の生物の形質は、必ずしも適応的でなく、さまざまな制約によって規定されていました。予測が外れた場合には、未知の要因があるらしい。進化の原因は単純ではないのです。アブラムシを食べるテントウムシ類は、卵を数十個まとめて産みます。やがて幼虫が一斉に孵化しますが、一部の卵は孵化せず幼虫たちの最初のエサになります。最初から栄養分の高い大きな卵を少なく産むか、小さい卵をたくさん産んで、一部をエサにするかは、母親の投資戦略で決まります。実際にテントウムシの種類によって、両者がいることがわかりました。そこには形態的制約と、環境変動の影響があったのです。近縁の種の競争には、負組があえてオスを殺す細菌に感染し、元気なメスを増やして勢力を保つなど、さまざまな際どい戦略がみられます。
本書では、一見すると不合理なのに、実は合理的という多くの事例が紹介されています。クジャクのオスの派手な羽を、メスはなぜ好むのか。生存に不利なほどのムダは、実はオスの余裕の証明で、ムダが信頼を担保しているという、ハンデキャップ理論もあります。またなぜオスとメスがいるのか。オスはムダな存在ではないか、有性生殖はいまだに進化学最大の問題なのです。遺伝子のシャッフルによる遺伝的な質の向上だけでは説明しきれません。コストの高い有性生殖がなぜ有利なのか。そこに生態学によるアプローチで、「赤の女王」という新たな仮説が登場しました。議論はまだまだ尽きないようです。「了」
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