文春新書、2017年4月刊
著者は、東京農業大学名誉教授で、専門は醸造学・発酵学。これまであらゆる微生物や発酵食品を追求してきました。微生物とは、肉眼では観察できない微小な生物の総称ですが、その正体は謎に満ちています。学問的に言えば、真核生物の藻類、原生動物、真菌、原核生物の細菌、ウィルスなどで、地球上のあらゆるところに棲息し、その種類は極めて多く、正確な数はまだ誰もわかっていません。世界中で毎日のように新種の微生物が分離され、報告されているのです。本書では、地球上のどのような苛酷な環境にも耐えて生きている、さまざまな微生物の凄まじい超能力を探っています。
高温度耐性菌といわれる微生物がいます。2008年に日本の海洋研究開発機構が、122℃で生育している菌を発見しました。それ以降引き続いて多くの耐熱性酵素が見つかり、その特性は微量のDNAを大量に複製する技術開発に発展しています。また低温度耐性微生物もいて、0℃でも高温菌より速く生育するものがあります。細胞壁が厚くできていて凍らないのです。南極では-23℃に耐えている超低温菌が確認されました。
微生物の生育には培地のPHが大きく影響します。ここでも日本の理研の堀越博士がPH11で増殖する好アルカリ菌を発見して、世界を驚かせました。これは医薬品開発に大きく貢献しています。なお日本の飛鳥時代からの伝統的染物の藍染もその応用とわかりました。また一方で極端な好酸性微生物がいます。1995年に北海道の火山噴気孔で発見された菌は、古細菌の一種で、なんと-PH0.06で生育していました。もちろん世界記録です。
古細菌は太古の地球の生き残りで、さまざまな極限環境に分布しています。高い嫌気度のメタン菌、硫黄を食べる硫黄菌、硝化菌、深海の超高圧に耐える菌、高塩分濃度を好むものなど、いずれも原始地球の環境を生き抜いてきたことを示しています。また地上20kmを越える成層圏にも多くの微生物がいました。彼らは強力な紫外線にも耐えているのです。放射線耐性菌もいました。海中にいる石油分解微生物も注目されています。自ら界面活性剤のような親水性物質をつくり、乳化して取り込んでいます。このように数えあげるときりがありません。地球上にはまだまだ知られていない能力を持つ菌の存在する可能性は無限に近いものがあります。近年はバイオテクノロジーの発展で、微生物の遺伝子組み換えや、ゲノム編集が盛んに行われるようになりました。しかしそれには膨大なコストがかかります。それよりも野生の菌をもっと探してはどうか。
著者は、あえて古典的技術を駆使して、未知の超能力微生物の探索に乗り出しました。「有用野生酵母研究会」の発足です。各大学、研究所から参加した120人ほどの陣容で、すでに素晴らしい成果を挙げています。
①海水や藻などから海洋酵母を分離したパン酵母
②南極から寒冷地用排水処理酵母
③野生の超多酸性酵母で乳酸を量産
④タイから野生のキラー酵母を分離したなど
その成果の一部は、すでに実証プラントに進んでいます。また全国から樹液や鳥獣糞を集めて、多くの有用酵母を分離しました。著者は現場主義を貫いています。超能力微生物を足で探すことこそ、新しい科学の可能性を生むのです。「了」
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