「樹木社会学」渡邊定元著 2017年3月25日 吉澤有介

東京大学出版会1994年2月刊
樹木とヒトはともに永年性ですが、ヒトの平均寿命が70~80年であるのに、樹木などとくに森林で樹冠層をつくる高木は、ヒトの数倍から数十倍にも達します。ヒトは森林を利用して文化を創造し、都市文明を築いてきましたが、森林への認識は感覚的・包括的で、自分より寿命の長い生物の全体像を、なかなか掴めないところがありました。これまでの森林学では種個体を基本として、個々の樹木の営みを通じて森林を認識してきたので、科学的に一般則として解明できたのは、人工林の密度と生産性の分野くらいだったのです。
本書では、この森林に対する見方を改め、「樹木の社会関係」として捉えています。森林群落を、単なる共同社会としてではなく、生物集団の基本形である共存社会として認識し、種の営みの違いによって種を区別する「社会学的種」の概念を提唱しています。
森林は種の多様性が豊かで、樹木の生育に適した環境は多くの生物を育てますが、その生物複合社会を支配しているのは優先種である高木です。高木は、生産者としてまた空間支配者として系を維持していますが、種の生活史からみると、発芽から定着まで他の種とうまく付き合ってゆかなければなりません。共存のための制御機構が働いているのです。
樹木の生物学的特長としては、永年固着生物であるため、バイオマスを固定して多くの消費者に提供し、さらに成長を続けてバイオマスを再生産する循環資源であることです。ただ動けないことで捕食者から逃げられないため、忌避化学物質を生合成し、樹木間で情報伝達して集団防御する社会関係を構築しました。樹木には共通語があったのです。著者は、樹木の有力なケミカルコミュニケーション物質として青葉アルコールを抽出しました。
また森林では、樹木の樹高成長に限界があるので、種ごとの限界樹高順位は樹木にとって寿命、密度など群落の成立に大きな意味を持っています。樹木は、さまざまな立地条件で空間を占有しますが、樹種によって空間分布のフォームが異なるのです。ブナ、エゾマツ、ミズナラ、トドマツなど、順位係数と頻度はそれぞれの特徴を示しました。
生態学的地位を示すニッチの概念については、植物と動物で種としての特性の違いから多くの議論がありました。微生物学者のガウスは、実験で生活様式の似た種は同じ場所では共存できないことを見つけ、種社会学に重要な貢献をしました。群集内で2つの種が生活要求、空間などのニッチが異なる場合だけ両者が共存できるのです。この同所的なニッチに対して、今西は異所的種間関係を「棲み分け」原理として提唱し、森林社会の構造にまで拡大しました。その後、この概念はさまざまな角度から要因解析されています。
日本の樹木社会とその分布域については、もっとも長寿の樹木であるスギが特徴的です。スギの巨木は各地で見られますが、その集団の領域は意外に狭く局所的で、隔離分布している遺存種のようです。縄文時代から広く利用されて分断されたこともありますが、自然状態では更新できていないのです。これは現在の気候条件などがスギに適していないからでしょう。ブナの北限も大きく動いています。これは環境だけでなく、他種との混交林での種間関係によるものでした。天然林は混交林が基本なのです。貴重な大著でした。「了」

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