「人類のやっかいな遺産」ニコラス・ウェイド著 2017年3月21日 吉澤有介

- 遺伝子、人種、進化の歴史 -                                                            山形裕生・守岡桜訳、晶文社2016年4月刊
本書は人類の発展格差を主題として、なぜ世界には経済発展した豊かな国と、停滞した貧しい国があるのか、その差がなぜ生まれたのかを大胆な仮説の下に論じています。
人類はアフリカで誕生し、そこから世界の各地に散ってゆきました。そしてそれぞれの地の環境に応じて独自の進化を遂げてきたのです。近年の遺伝学の進歩によるクラスター分析で、人類は、おおよそコーカソイド、アフリカ系、東アジア系に分かれ、遺伝的にはさらに細かい分類も可能です。
このような遺伝子の違いが、文化や社会行動に影響しているのではないか。著者はこの推測を慎重に述べていますが、多くの学者から猛烈な批判が集中しました。「人種」は存在しないはずだ。「人種差別主義」だとして攻撃されたのです。たしかに彼らの政治的理想には高いものがありますが、ヒトの生物学的基盤をすべて否定し、過去数千年に進化はないという主張はおかしいでしょう。ゲノムはごく最近の進化のデータを明確に示しているのです。著者は、進化と歴史の交差点に踏み込んでいます。
人類の進化は地域的に起こりました。それぞれの大陸で、集団は違った困難に対応してきたのです。進化へのストレスは強烈でした。肌の色はその一つです。赤道付近の強い紫外線による葉酸の破壊を防ぐための濃い色の肌は、ヨーロッパやアジアの高緯度地帯にゆくと、紫外線が弱すぎてビタミンDが不足し、淡色のほうが有利になりました。その淡色化はコーカソイドと東アジア人の集団で、別々に進みました。完全に分かれて進化したのです。ヨーロッパでは2万5千年前の最終氷期で、北方にいた淡色の集団がいっせいに南下して、南方にいた濃色の集団を追い出して地域を独占しました。またおよそ1万5千年前には、各地に定住集落が出現しました。農業の始まりです。血縁社会は部族社会となり、宗教が支配し階層ができて人口増加すると、あるものは初期国家に発展してゆきました。さて生産に余剰ができると人口が増えます。しかしすぐ余剰は食い尽くされて、また餓死寸前のレベルに落ち込みます。いわゆる「マルサスの罠」にはまってしまうのです。
この罠は、ダーウィンの自然淘汰の原理に大きなヒントになりました。ほんの僅かな優位性が決定的になるのです。この罠から最初に脱出したのは、産業革命のイギリスでしたが、そこには予兆がありました。人々の行動に、非暴力と識字率、貯蓄、労働性向の向上が好まれたというのです。しかしアフリカと中東の多くは、いまだに部族社会のままです。部族社会では血縁で結ばれ他の部族と通婚しないので多くの集団に分かれて、各々が親戚に頼り、中央政府の助けは求めません。その権力者は攻撃的で、まず自分に富を集中させて貧困者のための援助まで収奪する行動は文化の域を超えて根深く、生得的で遺伝的な基盤を示唆しています。それはゲノムにある信頼性ホルモンのオキシドンの働きかも知れません。攻撃性の遺伝子も知られています。ゲノムと社会の共進化が人間社会を形成しているのです。本書では、中国の歴史や日本の近代化にも言及し、社会制度による貧富の例には南北朝鮮を挙げていますが、近年の遺伝学で異色の議論を展開していました。「了」

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