「そもそも島に進化あり」川上和人著  2016年10月17日吉澤有介

著者は鳥類学者です。森林総合研究所の主任研究員として、20年にわたり世界各地の「島」の鳥類や生態系の研究に取り組んできました。「島」はミニチュアの世界で、複雑な生態系から少数の要素を抽出して構成され隔離された箱庭のようなものです。
生物学の研究にとって、「島」はまたとない面白いショーウィンドウでした。著者の語り口も軽快です。
「島」といってもさまざまな種類があります。島に対するものは「大陸」で、いわゆる六大陸です。そのうち最も小さいオーストラリアより小さな陸地を、すべて島と称しています。日本の本州は世界で7番目の大きさというわけです。しかし島に住む生物を考える生物学にとっては、大きさよりはその由来が、「島」としての主題となります。
それは過去において、大陸とつながったことのある島を「大陸島」、一度も大陸とつながったことのない島を「海洋島」と分類するのです。大陸では、長い歴史をかけてさまざまな生物が進化してきました。つまり「大陸島」には、初めから多様な動植物のセットが渡っていました。一方「海洋島」は、海底火山の噴火やサンゴ礁の隆起によって、突然に海中から生まれたので、基盤となる大地しかなかったのです。この違いは重要でした。陸上生物にとって、海は大きな障害です。日本列島では9割以上が、かってユーラシア大陸とつながっていた大陸島でした。海洋島は、大東諸島と小笠原諸島に伊豆諸島だけです。
その海洋島にまず立ち寄るのは渡り鳥でした。渡りの途中で島を見つけて休憩します。群れはまた出発しますが、中にはそのまま留まって、新生活を始めるものもいるのです。移動するのは渡り鳥だけではありません。一般の留鳥でも、はるかな遠方まで出かけることがあります。鳥類は常に分布の拡大を目指しているのです。また海を棲家とする海鳥には、新しい島はすぐに絶好の繁殖地になります。こうして鳥たちの天国が生まれました。
空を飛ぶ動物は鳥だけではありません。コウモリ、昆虫、それに糸をなびかせるクモがいます。地衣類の胞子も飛ぶ。植物の果実や種も、鳥に食べられて種子散布され、また鳥に付着して運ばれるさまざまな種子もあります。空を飛ばなくても、海流に浮かんで漂着する手もある。椰子の実だけでなく、流木にトカゲが乗って上陸することもあるのです。
苛酷な環境ですが、海鳥がいて、植物が生え、土壌が発達し始めれば、もう怖いものはありません。哺乳類という捕食者がいないのです。種数は少なく、個体も少ないアンバランスな生物相からのスタートです。集団が小さいと偶然が起きやすくなります。隔離された環境と偏った分布で、その島の固有種に進化してゆきました。小動物でも種間の競争より種内の競争だけとなれば、体は大きい方が有利ですし、大きい動物は、捕食者がいなければ大きな体は不経済だから小型化してゆく。例外はありますが、いわゆる島の法則です。鳥は飛ぶことを忘れ、昆虫も翅を省いてゆきました。まさに弱者の楽園だったのです。
そこに捕食者らが渡ってきました。人間と、つれて来た哺乳類です。肉食者は鳥たちを食べ放題、ヤギは猛烈に増えて草地を食べつくしました。小さい島の悲劇です。すべて人間のせいでした。いま楽園の回復を目指して、悪質外来者との戦いが続いています。「了」

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