「里海資本論」 井上恭介・NHK「里海」取材班 2016年9月28日吉澤有介

— 日本社会は「共生の原理」で動く—
著者はNHK報道番組の制作者で、リーマンショック前からニューヨークのウオール街を徹底取材し、「マネー資本主義」の本質と、それがあっけなく崩壊した一部始終を見てきました。
そしてその僅か3年後に3,11の東日本大震災の津波による原発事故で、「日本のエネルギーシステム」が一瞬のうちに壊滅したことから、巨大システムに100%依存することの危うさを知りました。その思いが、その後の広島転勤で中国地方に生きる明るい高齢者たちの実態に触れて、「里山資本主義」という言葉をつくり、藻谷浩介との共著は40万部を超えるベストセラーになったのです。お読みになった方も多いことでしょう。
里山には「原価ゼロ円の資源」がいくらでもありました。そこには思いっきり明るく元気なおトシよりが生き生きと豊かに暮らしていました。「田舎には何も無い」という思い込みから脱却すれば、道は開けるのです。この著者らの提言は、大きな反響をもたらしました。都会の住宅街でも薪ストーブが見直され、未利用資源への関心が高まっています。
これは「懐かしい未来」志向の大きなうねりでした。その動きを最も明確に示しているのが、瀬戸内海を中心とした「里海」でしよう。「里海」はすでに学術用語「SATOUMI」として確立しています。「人手が加わることによって生物多様性と生産性が高くなった沿岸海域」として定義されているのです。自然と対話しながら適切に手を加えて本来の命を生かし高めてゆくことで、「里山資本主義」を包含し、さらに拡げてゆく「里海資本論」として、すべての生きもの、水や空気も含む心地よいユートピアがここにありました。
具体例として、著者は広島を中心としたカキの養殖と、岡山県日生のアマモの再生をあげています。カキの養殖では、ハマチと違って人間がエサを一切やりません。カキは自力で海中のプランクトンを食べて育つのです。その力が、高度成長期に窒素やリンに汚染された瀕死の海を蘇らせました。赤潮の発生も年々減って海は見違えるほどにきれいになったのです。カキ筏の下は魚たちの絶好のゆりかごになっていました。日生の海は沿岸の乱開発で、かって繁茂していたアマモが絶滅すると、漁獲量は半減していました。漁師たちは気がついたのです。多くの魚がアマモの森で産卵し、稚魚を育てていたことを。やはりアマモを戻さなければならない。しかしその道は険しいものでした。いくら種をまいても一向に芽が出ないのです。ところが海底にカキ殻があるところだけ芽が出ていることを見つけました。カキ殻が一斉に撒かれ、やがてアマモの林が繁ってくると、マダイやエビ、コウイカなどの群が帰ってきたのです。日生の魚市場は漁師たちの笑顔で一杯でした。
有限である海の資源を世界中の人間が奪いあう「海洋資源枯渇」、人間活動による「海洋汚染」、この二大問題を同時に解決する「里海」に注目が集りました。アマモの森は、すこし間引きしたほうが魚が増えます。刈り取ったアマモは農地で絶好の肥料になる。里海の輪は今、全国に広がっています。各地で里山と里海がつながってきました。有限な世界で、無限の生命を育む日本発の「里海資本論」は、全世界に多くの共感を呼んでいます。「了」

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