「強い者は生き残れない」    吉村仁著  新潮選書

環境から考える新しい進化論
著者はかって「素数ゼミの謎」(文芸春秋)で新しい進化論を展開した数理
生物学者です。
その環境不確定性進化理論は、現在欧米の進化論学界で大きな注目を集めてい
るそうです。
本書では、環境変動が生物の進化に対してどのように関わってきたかについ
て、多くの事例について検証し、創造的な発想で自由奔放に論旨を展開してい
ます。最近の進化論を学ぶ好著として一読をお勧めします。
人間も生物なのです。地球の生物は40億年前に発生して以来、環境の変化と
ともに「進化と絶滅」を繰り返してきました。
人類も決して例外ではありません。その端的な例が企業の経済活動でしょう。
環境の変化に対応して、生き残るとはどういうことなのか。
本書では、現代の進化論=総合学説の「適応度の高い者、すなわち強い者が生
き残る」に対して、さまざまな生物の長い歴史から、現在生きている生物は決
して「強い者」ではないこと、環境変化に適応して「他者と共生・共存する」
者が生き残ったと述べています。
ダーウィンは個体の変異に注目して、より環境に適応した個体が生き残ると
いう「自然選択」理論を提唱しました。しかしここでは環境という概念がまだ
明確でなかったために、環境変化への適応は軽視され、適応度だけが問題とさ
れてきたのだそうです。環境変化は例外とみられてきました。また「自然選択
」では、自分に不利になるのに「利他行動」することの説明がどうしてもつか
なかったのです。
それらの問題については、近代に入ると「ゲームの理論」が盛んに応用され
るようになりました。ゲームの理論は、囚人のジレンマなどで皆さんもよくご
存じでしょう。
ここで進化的安定戦略の概念が生まれて、進化における最適の行動パターンが
浮き彫りになってきました。ハチやシロアリなどの行動も説明できるそうです。
すべての生物は環境変化に必死に対応します。
最適化するよりも保険をかけたり、リスクを分散させたりする戦略をとりまし
た。一夫一婦のはずのトリのつがいでも、メスがこっそり浮気して、別のオス
の卵を産んでDNAを分散させているのだそうです。
厳しい環境変化があったときは、単独でいるよりはさまざまな仲間と一緒の
ほうが有利になります。多細胞生物から植物群落、熱帯雨林などもそうです。
協力しあって生き残る共生の進化史が続いているのです。
カンブリア大爆発も5大絶滅も、生き残った生物はこの共生とお互いの協力がカ
ギでした。同時にまた生物は一人勝ちを防ぐシステムをつくり出しています。
単なる強者が勝つのではない、実に巧妙な戦略をとってきたのです。
人間社会では、この存続のためのルールよりも利益の最大化をめざしたため
に、破綻と絶滅を繰り返しています。経済学はなぜ間違ったのでしょうか。
それは富の有限性を無視したからなのです。生物はつねに資源の有限性のもとに
行動してきました。コリン・W・クラークは新しく生物資源経済学を提唱していま
す。これは良い示唆になることでしょう。
記 吉澤有介

カテゴリー: 自然 パーマリンク