「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」ピーター・D・ウオード著2010年4月16日吉澤有介

絶滅も進化も酸素濃度が決めた
著者は米ワシントン大学の古生物学・地球・宇宙科学教授で恐竜絶滅などの専門家である。ここでは歴史上の大量絶滅が、すべて大気中の酸素濃度が急落した時期に一致していること。その低酸素の危機を乗り切って出現した新しい生物が、そのあとの酸素濃度の回復とともに適応放散したという、壮大な仮説を展開している。
この仮説の前提になったのは、地質学や古生物学から得られた、過去6億年前からの酸素および二酸化炭素の濃度変化に関するGEOCARBSULFモデルの信頼すべきデータである。
ここに5億年前のカンブリア紀から、第三紀の現代までの大気中の酸素濃度と、二酸化炭素の変遷が示されている。大気圧はほぼ現代と同じだったと見られているので、その中で酸素濃度は大きく、しかも急激に変化してきたことがわかるだろう。カンブリア紀の酸素濃度は15~16%だったが、約4億年前に25%を超えるピークがあり、一たん13%まで低下したあと2億5千万年前のベルム紀に30%を超え、その直後2億年前には12%まで急落した。その後次第に上昇して、現代ではほぼ21%になっている。この間に二酸化炭素は、傾向として酸素濃度とほぼ逆の動きをしてきた。グラフにあるR二酸化炭素とは、現在の二酸化炭素量を1としたときの容積比を示す。この両者の変動には、大陸移動や太陽活動、小惑星の衝突や火山の噴火などによる気候の変化が関わっているが、生物の営みそれ自体が大気の環境を変えるという側面もあった。
著者はここで酸素濃度が生物の進化に決定的な影響を与えたと述べている。なぜなら生物は酸素なしでは生きられず、その酸素も空中か水中から直接に取り込まなければならないからである。身体が小さい生物なら、体表面から自然に摂取できるが、大きい生物では肺や鰓などの特別な呼吸器官が必要である。酸素濃度が高ければその呼吸器官の多少性能がわるくても生きてゆけるが、酸素濃度が低くなれば生き延びることができなくなって、大量絶滅が引き起こされることになる。
酸素濃度が空前のレベルに急上昇したベルム紀のころには、あらゆる動物たちは一斉に巨大化した。しかしその後の低酸素化でその多くは絶滅してしまった。ここで生き残ったのは、乏しい酸素を効率よく取り込む仕組みを生み出した恐竜たちであった。彼らはその後の酸素濃度の回復で、爆発的な進化を遂げた。その後の歴史は白亜紀末に起きた小惑星衝突による気候変化での絶滅と、哺乳類の台頭に続いてゆく。ただここで鳥類の祖先となった一部の恐竜だけは、その高度な気嚢肺で生き延びたのである。移動能力は高く、卵は石灰質で硬く被覆されたことも有利に働いた。低酸素に適応した彼らは、酸素濃度の回復によりうまく適応して鳥類に進化していった。
ヒマラヤの8000mの高峰では、登山家たちも酸素なしではほとんど動けない。しかしその遥か上空をインドガンの群れが楽々と超えてゆく。彼らの呼吸器は特別なのである。なぜそうなのかという疑問がこの仮説のもとになった。地球の大気の組成の変動が明らかになると、これまでの生物の絶滅と発生が、この変動に大きく関連していることに気付いたという。kyoryu
前掲の変動グラフには、氷河期と間氷期も入れてあるが、大絶滅は説明しきれていなかった。生物は移動して対応したからだろう。しかし低酸素は逃げ切れない。2億5千年前のベルム紀には諸大陸が一つに集まって、バンゲア大陸を形成した。その時期の酸素は標高ゼロの平地でも、現在の標高4500mに相当したという。高地での酸素はさらに低くなるから、ちょっとした丘でも生物には大きな障壁になったに違いない。地域ごとに多くの固有種が生まれることになっただろう。著者はこれを標高圧縮と呼んでいる。
ただこの低酸素は、現在我々が経験する薄い大気によるものではない。大気圧が同じなのに酸素が足りないのだ。いわゆる酸欠という状態である。その恐ろしさが想像できるだろう。
著者は他の多くの生物についても、その呼吸機能の進化を追求している。大量絶滅や大きな飛躍の要因としてのこの壮大な仮説には、新しい進化論としてかなりの説得力がある。
前提となっているGEOCARBSULFの図版が良くとれなくて恐縮だが、本書についてぜひご一読されることをお勧めしたい。「了」

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