— 乳の獲得と進化の謎 —
進化はなぜ哺乳類にたどりついたのでしょうか。本書では、38億年前に出現した生物の進化の歴史を丹念にたどり、ヒトを含めた哺乳類という生物の本質に迫っています。著者は東京大学名誉教授で専門は泌乳生理学、その巧妙に制御されている泌乳機構から、あらためて進化の歴史を見直すことにしたといいます。進化とは、過去にあった変遷を知ることではなく、人間の本質に迫ること、現在の生き方を考えること、将来を見ることの大切さを教えるものでした。本書は、まさに地球と生物の壮大な通史となっています。その進化の妙を、要約などはとてもできないので、ここではそのごく一部だけをご紹介することにしましょう。ゼロカロリーで生きるウシの話です。
哺乳類でとくに効率的に進化した動物が偶蹄目で、かれらは草食性で反芻するという特徴を持っています。シカ科、キリン科、ウシ科などで、山岳、砂漠、積雪地帯に進出しました。一般に寒さに強い。そのわけは微生物が第一胃で草を分解するとき発生する熱を利用でき、その他の動物と全く異なる発熱機構を持っているからなのです。
ウシの胃は、四つの部位からなり、第四胃だけが消化酵素を分泌し、それ以外は胃の口側が膨らんだものです。第一胃は200klの大きさで、無酸素、中性、水分が多く、微生物に好適な環境になっており、消化酵素がないので細菌60種、原生動物で90種を超える微生物が生態系を形成しています。その微生物はセルラーゼを有し、セルローズを分解して自分の栄養にするので、排泄物として低級脂肪酸(酢酸、乳酸、プロビオン酸、酪酸など)を出し、これを第一胃で吸収し、ブドウ糖、さらに脂肪に変えてゆきます。また唾液と第一胃は尿素を分泌するので、微生物はアンモニアとともにアミノ酸をつくります。草のタンパク質はこのような微生物の働きによって10~100倍にも増加し、十分な量になるのです。ウシは第一胃と第二胃で6~9時間をかけて反芻し、第三胃で調節して第四胃に送ります。そこですべての栄養を消化吸収するのです。野草は豊かで生息域が拡大しました。
一方ウマは、同じ草食でも微生物が結腸だけで消化するので効率が悪く、穀類やイモなども求めて広く移動しなければならず、走力は発達しましたが、生息域は限られました。
究極にまで進化したといわれる乳についても、多くの不思議がありました。とくにウシの乳腺と分泌にはヒトと異なる大きな特徴があります。ウシの出産は一回に一頭ですが、乳頭数は4個もあります。授乳は朝と夕の2回だけで、子ウシが一回に大量を飲むためです。乳槽は大きく発達しました。短時間で授乳したウシは、草原で悠々と採食するのです。
著者は、最後に人類の進化について考察しています。哺乳類型爬虫類が哺乳類に進化し、単孔類と有袋類、真獣類が誕生しました。ヒトは猿人、原人、旧人から進化しましたが、さらに進化した新人類は出現するでしょうか。可能性としては、地下資源が枯渇して、現代文明が滅亡したときです。人口は10億人以下に減るので、厳しい淘汰が起こります。遺伝子が置き換った適者が残るとしても、進化か退化かは環境次第ということでしょう。了
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