「生物化するコンピュータ」デニス・シャシャ&キャシー・ラゼール著 2016年3月15日 吉澤有介

未来のコンピュータは、生物と見分けがつかなくなるかも知れません。生物学的思考が、デジタル・コンピューテイングを変える新しい方法を生み出すというのです。その一例が、宇宙船の飛行中や着陸後の制御をするコンピュータです。宇宙船のハードウェアは、打ち上げたらもう直かに修理することはできません。そこで技術者たちは、自分で修理する機械を設計します。生物における進化や学習という概念を取り入れようとしているのです。
本書では、宇宙工学や医学などのさまざまな分野で、リスクを恐れず、そのアイデアを実現しようとして極めて高度な問題に取り組んでいる16人の科学者たちを紹介しています。
アルゴリズムは、コンピュータの中心的役割を果たしていますが、根本的にアルゴリズムと関係のない問題もあります。例えば、南極大陸で一人取り残されたとしたら、あなたはどのようにして生き延びるでしょうか。そのような場合でも有効な解決方法を考え出すアルゴリズムはないか。生物は自然界で、あらゆる環境の変化に適応、進化してゆきます。
1954年にはプリンストン高等研究所の数学者が、簡単な進化モデルのシミレーションをつくり、さらに20年後にはミシガン大学のジョン・H・ホランドが、画期的な「遺伝(進化的)アルゴリズム」の枠組みを示しました。次の手順を繰り返し応用するというのです。
1. ふさわしいと思われる設計の候補の集団から始める。
2. 各候補について、コストやエネルギー消費量などから「適合度」を評価する。
3. 適合度の最も高かった候補を覚えておく。
4. 最適な候補を選び、ランダムに改変したり異なる設計を組み合わせて新集団を作る。
適応を利用した知的に動くロボットには、昆虫やゾウ、ヤモリなどがヒントになりました。立体視覚で衝突を避けたり、弾性のある脚で障害物を乗り越えたりします。地球外の惑星探査では、どんな困難が待ち受けているのかも全くわかりません。遥かかなたの探査機が送ってくる、かすかな情報を正しく診断する技術が必要です。NSAでは、宇宙船が自力で問題解決できる回路を設計してきました。遺伝的アルゴリズムは、有用性や正確さを保証するものではありませんが、不明な問題に対して思いもよらない設計を発見してくれることがよくあるといいます。しかも手作業よりも低コストで、仕事ぶりも優秀です。
MIT航空宇宙学部のナンシー・レヴェルソンは、致命的な事故を分析しています。テクノロジーは向上しても事故はなくなりません。むしろその破壊力が強まるのです。彼女は、直接的な原因を探るだけでは、未来の事故はもっと起こりやすくなると考えています。安全を左右するのは「社会技術的」要因でした。タイタニック号の遭難、インドのユニオン・カーバイド社などをあげて論じています。肯定的および否定的なフィードバックによる制御ループは、生物が良いモデルでした。そこからシステム安全性理論を構築したのです。
16人の科学者はそれぞれに個性的でしたが、共通して早くから才能を発揮し、空想に耽ったり研究分野をいろいろ変えたり、ときには失敗して視野を広げ、やがて「自然」に、そして「生物」の知恵に学ぶようになりました。未来は自然に近づくのでしょうか。「了」

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