「たたかう植物」仁義なき生存戦略 稲垣栄洋著 2015年11月20日 吉澤有介

私たちは植物を見ると癒されます。緑の木々や美しい草花などの植物たちの世界は、いかにも穏やかで平和な世界のように見えます。しかし自然界は厳しい「弱肉強食」、「適者生存」の世界なのです。すべての生物が利己的に振る舞い、傷つけあい、騙しあい、殺しあっています。それは植物たちでも何一つ変わることはありません。植物は自分で動けないだけに、まわりの敵と一そう熾烈な戦いを繰り広げているのです。
その戦いの相手は、同じ植物であったり、自然環境はもちろん、病原菌や昆虫、さらに動物や人間といった恐ろしい強敵が揃っています。本書では植物たちのさまざまな生存戦略を、多くの具体例をあげながら分かりやすく紹介しています。
植物の戦いで最も熾烈を極めているのは、太陽光の争奪戦です。それを効率よく実現しているのはツル科の植物でしょう。他の植物をうまく利用して、コストを節約しています。極端な例に「絞め殺し植物」がいます。ガジュマルなどですが、元の木を覆い尽くして枯らしてしまうのです。またヤドリギはパラサイトをしながら、宿主が葉を落としている冬に自ら光を浴びて光合成をします。一方、植物は根からある化学物質を出して、他の植物を撃退しています。これはアレロパシーと呼ばれ、セイタカアワダチソウはそれでライバルを一気に駆逐して繁茂してゆきました。しかし外来植物として猛威を振るった彼も、最近は急に衰えを見せています。一人勝ちの末に自家中毒にかかったのです。
植物同士の戦いにもいろいろな戦略があります。弱い植物たちの、誰もが好まない苛酷な環境を選んで棲みかとする「ストレス耐性」戦略です。砂漠に生きるサボテン、常に踏まれたり刈られたりする農地を選んだ雑草がその代表でしょう。とくにサボテンは、水を蓄えてその蒸発を極力防ぐ工夫をしています。光合成で、CO2を取り込むために気孔をあけると大切な水分が蒸発してしまいます。そこで夜間に気孔からCO2 を取り込んで濃縮保存し、日光の強い昼間の気孔開放の回数を減らすことにしたのです。これは自動車のターボエンジン、さらにツインカムシステムと良く似ています。強いC4植物の誕生でした。
また雑草にとっては、逆境こそがチャンスです。草取りをされても、地面の下には無数の種が待機しているので、光が当たるといっせいに発芽します。オオバコは踏まれた靴に種子を着けて遠くに運んでもらいます。踏んでもらわないと、かえって困るのです。
病原菌との戦いは、植物の多くに抗菌物質をつくらせました。ミカンやお茶、ワサビなどですが、さらにアントシアニンなどの抗酸化物質による防衛システムがあります。また菌根菌などの微生物との共生も際立った戦略でした。マメ科植物の根粒菌の働きも大きい。細胞内の葉緑素やミトコンドリアとの共生は、生物の進化に大きく貢献しています。
昆虫との戦いでは、「毒」が最大の武器になりました。すべての植物が食べられないように毒をつくり、昆虫はそれに対抗して進化してゆきました。一対一の関係は「共進化」と呼ばれますが、戦うだけでなくお互いに利用する戦略もあります。植物の、他の生物との共存戦略は私達に多くの示唆を与えています。その賢さには驚くばかりでした。「了」

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