—利き手をめぐる脳と進化の謎—
著者は、スタンフォード大学を出たジャーナリストです。自身が左利きであることから、利き手というものにかねてから疑問を持っていました。そこで利き手がどういう仕組みで生まれたのか、左利きが存在する意味は何か。左利きは多数派の右利きとどこがどう違うのかを探る旅に出かけました。ところがその行く手には、現代科学にとって最大級ともいえる謎が待ち受けていたのです。この利き手の問題は、これだけ科学の発達した現代にあっても、まだ殆ど解明されていませんでした。
左利きといっても、その定義からして問題です。子供のころには左手で書いたり食べたりしていたのに、まわりから教えられて右手をつかうようになった人は大勢います。地域によっては左利きを恥じるところもあって、本人に尋ねただけではわからないのです。そこで著者は、心理学での定義によることにしました。右利きとは「片手で行う作業の大半で右手を使うのを好み、両手を用いる作業(ビンの蓋を開けるなど)では、右手が主要な役割を果たす」人をいいます。左利きはこの逆と考えればよろしい。
現在、専門家の見解によると、左利きは全人口の10~12%で、女性より男性のほうが若干多いそうです。西欧では、左利きを邪悪、不器用、劣等とみなす長い歴史がありました。しかしもうそんな時代ではないでしょう。著者は左利きを賛美している人たちを探し、その根拠が東洋の「左道」にあることを知りました。多数派に刃向う求道者として、右利きより感情豊かで、直感が鋭いという嬉しい話でしたが、その確証はありません。
やはり左利きがどうやって生まれるのかを突き止めることでしょう。その手がかりは脳の仕組みにありました。脳科学者ブローカは、脳機能には左右差があり、言語中枢が左脳にあることを示しました。ところが最近になって、その法則には右利きは99%なのに左利きは70%しか当てはまらないことがわかったのです。どうやら左利きは左右の脳にまたがっているらしい。全く左右が逆というわけではないので、そのあたりは微妙なのです。
右利きのダーウィンは遺伝と考えました。祖父も母も弟も、そして息子も左利きだったからです。ある調査では両親とも右利きだと、子供が左利きになるのは9,5%でしたが、両方が左利きだと子供は26,1%が左利きになりました。遺伝の要素はあるでしょう。しかしそれでも右利きが多い説明にはなりません。チンパンジーでは、脳の左右差はあるのに利き手はない。ヒトだけにあるのです。そこでヒトの言語脳が左半球で発達して、それを遺伝子が伝えたという説が有力になりました。ところが左利きにはシークスピアという言語の達人もいるので、左脳優位ともいいきれません。ヒトの身体の非対称について、東大の廣川グループが画期的な発見をしました。マウスの胚に繊毛があって回転し、それがみな右回りだったのです。この流れが非対称な力になって、脳に左右差を引き起こしたのでしょう。自然界にある「自発的対称性の破れ」です。左利きはその少数派として、常に状況に対応する必要に迫られるために、自ずと鋭い直感が磨かれたのかもしれません。「了」
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