— そこで何が起きているのか —
著者は、1953年生まれの著名なフランスの作家・ジャーナリストで、パリ政治学院(シアンスポ)を出たばかりの若いジャーナリストたちと、この調査研究をまとめました。今やフランスの大学入学資格試験バカロレアでも、学生たちは情報ソースとして皆、当然のようにウィキペデアを利用しています。著者はそれを確認した後で、学生たちに一層の用心、批判精神、知的厳密さを持つように訴えました。しかし学生たちから「では、これまでどうやって調べていたのですか」と質問されて唖然としてしまいました。オンライン百科事典の登場前に、多くの学者や学生たちが、あらゆる情報ソースを求めて、記録を探し、確認したり分析したり、図書館をかけずり回っていたことを、彼らは想像すらできなかったのです。このままゆけば学生たちは、コピー&ペーストの信者となり、先生たちをその検証作業に駆り立てることになってしまうでしょう。事態は極めて深刻なのです。
しかしすでにウィキペデアは、学生たちには手っ取り早い実用的な手段になってしまいました。その特性をしっかりと認識しなければなりません。まずウィキペデアでは、誰でも何でも書き込むことができます。善意の誤りはもちろんのこと、特別な意図を持った書き込みもあります。荒らし行為が続いているのです。サイトの管理者は中立性といいますが、苦情はあっても直ちに修正できるとは限りません。ネイチャー誌でさえも誤りを避けられませんでした。本書ではウィキペデアの革命的意義を認めながら「賢い利用法」をどのように構築してゆくか、多くの事例を挙げて追求しています。
最も重要なことは、ウィキペデアで得た知識をもう一度見直し、もっと全体的な視点で思考するものに置き換えなければなりません。知識を得るのはファーストフードを食べるのとは違う。時間と考察、そして噛み砕くことが必要なのです。
一方、ウィキペデアの経済的側面も気になるところでしょう。「フリー百科事典」と呼ばれるように無料で提供されています。この無料は、投稿者のボランテアと寄付によって支えられているのです。費用面では記事数の増加によって、大量のデータを貯蔵するホスト・コンピュータなどの設備費用、記事の品質維持管理の人手もたいへんです。ウィキペデア財団には、19人の有給職員がいますが、給料は少ない。この非営利財団の予算は、2007年に2700万ドルでしたが、5割がサーバーとデータベースの費用で、残りが職員給与や旅費、国際的な普及費用となっています。この年の寄付は2000万ドルでした。ほとんどが10~20ユーロの小口ですが、これは苦しいことでしょう。ブランド力を活かした広告収入の検討も必要になりそうです。ウィキペデアの無料方式は、既存の百科事典各社の経営を圧迫しています。百科事典とは何かをあらためて問うことになったのです。
古代から百科事典編集者の努力は全ての知識を分類し、階層化することにありました。ウィキペデアは既存の百科事典と並存して「市民の百科事典」になり得るのでしょうか。
なお巻末に木村忠正による「ウィキペデアと日本社会」という解説がありました。「了」
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