「わたしの森林研究」直江将司著 2015年8月6日吉澤有介 

- 鳥のタネまきに注目して -
著者は1983年香川県丸亀市生まれ、京都府立大学卒、専門は森林生態学で、森林総合研究所の研究員として「小川の森」で、鳥類や哺乳類の種子散布に取り組んでいます。
植物は果実をつくり、果肉の部分を動物に食べ物として与え、そのかわりに動物は果実に含まれる種子を別の場所にまで運んであげます。このような動物によるタネまきを動物散布といい、森林の世代交代に大きな役割を果たしています。
植物は、自分では全く動けません。移動ができずにそのままの場所で生きてゆくことは、よほど条件が良くなければなかなか困難なことでしょう。その移動の唯一の機会が種子散布で、植物にとっては命がけの大冒険なのです。
種子散布には大きく三つの利益があると考えられます。親から逃げられること、新天地へ移住できること、遺伝子を交流できることです。親から逃げる理由は、親の直下に落ちてしまうと、溜まった状態になるので捕食者に狙われやすい。運よく発芽しても親兄弟と資源の奪い合いになってしまいます。生まれたばかりの若芽には殆ど何も残されないでしょう。新天地への移住は親とは違う森ですから、ライバルも捕食者も少ないかもしれません。気候も変わって生育に都合が良かったりします。地球の温暖化で、この移住はとても大切になってきました。遺伝子についても、遠い仲間との出会いは健全な種の維持に必須なことです。そのために植物は種子散布にさまざまな工夫をしてきました。大きく分けると海流散布、水流散布、自発(飛)散布、風散布、動物散布です。著者は、その動物散布に注目しました。動物散布にも身体への付着散布、くわえて運んだ種子が食べ残される貯食散布、果実ごと飲み込んで、種子だけ吐き出したり排泄する周食散布があります。
調査の現場は、茨城県の北端、福島県との境にある、森林総合研究所の試験地、「小川の森」です。標高650m、広さ100haの落葉広葉樹林で、年平均気温は、11℃ほど。少なくとも百年以上は伐採の記録がないという自然林には、幹周り2mの巨木もたくさんありました。ここには実にいろいろな鳥や哺乳類が住んでいます。著者はここで、種子をつける植物はもちろん、種子散布に参加するすべての動物の行動を観察することにしました。
樹木については、風散布するカエデ類などが25種、貯食されるブナ類のドングリの木は11種で森の64%を占め、周食散布樹木も25種ありました。ミズキ、ヤマボウシ、サクラ、ウコギなどの仲間です。鳥では留鳥、夏鳥、冬鳥がそれぞれ個性的な食生活をしていました。哺乳類では草食獣の、、ニホンリス、アカネズミ、ノウサギ、イノシシなどが主ですが、肉食獣であるイタチ類、タヌキやアナグマなども果実を好んで食べていました。植物には豊作年と凶作年があり、果実の色や匂い、動物たちの繁殖期の行動もさまざまです。
著者は種子採集のトラップを、小川の森に326個、周辺の森にも67個を設置して、9年間にわたって親木からの散布距離のデータをとりました。森での調査は、ヒトの五感を強く刺激します。本書は植物や動物の目線で、森林の推移を生々しく伝えていました。「了」

カテゴリー: 林業・農業, 自然 パーマリンク