「天と地と人の間で」 鷲谷いづみ著  岩波書店

これは大河ドラマの話ではありません。
著者は東京大学農学生命科学研究所教授,
専門は植物生態学、保全生態学です。
これは雑誌「科学」に6年間にわたって連載したエッセイをまとめたものです。
これまでの自然科学は、専らモノとコトだけを対象とした「要素還元主義」に基
づいた研究が求められてきました。
しかしここにきて地球や生命の由来とその来歴を探る強い思いや、深刻な環境保全
への危機感から、狭い専門領域を超えた社会とのかかわりを求める新しい動きが始
まっています。

著者は数少ない野生動植物研究者としてフィールドワークを重ね、社会と自然を見つ
めながらその「怒涛を打つ」というほど急速に進む生態系の不健全化に警鐘を鳴らし
ています。
そのいくつかを挙げてみましょう。
「早まる春と速まる絶滅」では、さまざま
な生物の固有の季節が大きく変化して、絶滅の危機が増大しているとの
ことです。

これは気温の上昇だけでなく、激しい気象変動が生物の生存を危うくしているのです。
分布域の限られた野生生物が、その生活史に合わなくなった環境に適応してゆくた
めに
は、分布域を変えるか新たな適応進化をしなければなりません。
しかし分布域を変えるにもその移動ルートは開発などによって分断され、適応進化に
はそのあまりにも早い環境変化に、遺伝的な変異や世代交代を重ねる時間がまるで
足りないのです。
環境と経済の調和が求められていますが、その歩みは遅々として進まないため、これ
までの生物多様性は雪崩のように崩壊することでしょう。
「暴かれたエイリアンの強さの秘密」では、グローバル化により新しいパ
ラサイトが次々に侵入し、それがヒトなどの寄主に大きな脅威を与えてい
ます。
新型インフレンザはその一例なのです。
人口が都市に集中して寄主の密度が高く、しかも天敵のいない新天地で猛威をふるい
ます。それは急増した外来生物種でも同じで、多様なニッチでおとなしく過ごしてきた在
来種に比べて、競争力や繁殖力が際立って大きい。
まさにインベーダーそのものです。

一部の産業の利益のために意図的に導入された外来種が、各地でたいへんな被害を
もたらしています。
これはまた遺伝子組み換え生物にも起こりうるリスクですから、その生態系への制御の
見通しのないままでは絶対に進めてはならないことなのです。
「生態系の未来について」では日本の生物相が世界に例をみないほど実に
豊かであること、それはトンボと両生類の種の多さにあらわれているそう
です。

もとの自然が豊かだったことに加えて、水田農耕がその生物相の保全に大きく貢献し
ました。
それが人工林はじめ水路のコンクリート張り、農薬や過剰な化学肥料による汚染など
で著しく損なわれてしまいました。
また遺伝子組み換え種子が導入され、単調な群落化が進んでいます。
そこではもう生態系の健全性は失われ、食の安全安心も保証の限りではありません。

その反省がようやく認識されはじめたのですが、遺伝子研究者に比べて肝心の環境
保全研究者は極めて少なく、研究投資の方向が狂ったままなのです。

自然はテクノロジーで克服できると思っているひとたちは、本当の自然の手ごわさを
知らないのでしょうか。

        記   吉澤 有介

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