—群知能と意思決定の科学—
著者は、ビスケットを崩壊させずに紅茶に浸す方法の研究で、99年イグノーベル物理学賞を受けるなど、一般科学書で知られる物理学者で、本書ではまず動物から学んでいます。
昆虫、鳥、魚など、群れにいる個体は、集団を最大限に利用するための規則に従っています。その中には一つの単位としてまとまっていられるような規則もありますが、超個体の構成要素であるかのように振舞わせる規則もあります。超個体とは、これというリーダーもいないのに、「群知能」を発達させ、それを使って集合的な意思決定を行い、全体が部分の総和以上に機能する個体群のことです。
現代の複雑性の科学は、昆虫などの動物集団における集団行動が、隣り同士の相互作用に関するごく単純な規則の組み合わせから生ずることを明らかにしてきました。単純な規則が複雑なパターンを生み出す過程は「自己組織化」と呼びますが、良く見るとそこには統括する監督はいなくて、一そろいの単純な局所的規則があるだけでした。社会構造の組織が、完全な秩序と完全な混沌の間、つまり「カオスの縁」にあるからなのです。
イナゴは、通常は単独で暮らしていますが、近くに仲間が増えてくるとセラトニンを分泌し、突如パーテー好きに豹変して集団で移動します。最初は地上を進み、のちに空中を飛んで仲間を集め、千億匹が100km2以上に拡がって蝗害を引き起こすのです。
この自己組織化は、僅か3つの規則で起こります。他の個体と衝突しない、近くの個体群が向かっている方向に動く、近くの個体群のいる位置に向かって動く。即ち回避、整列、結合の3規則です。これはコンピュータ・シミレーションでも証明されました。サッカー場に向かう人間集団でも、同じことが起きています。ミツバチも同じで、目標を知った数匹が先行すると、後の大勢が群れをなして追随します。誰かが動いたらついてゆく、カスケード効果によるものでした。アリも先行者のあとをつけて餌場に辿りつきます。その論理は「蟻コロニー最適化」プログラムとして、巡回セールスマン問題の解にも応用されて、「粒子群最適化」の論理が生まれ、ここから「隣人を模倣せよ」という教訓が得られました。カンニングを認めた試験もこれに似ています。それぞれの受験者は自分の最善の回答を書きますが、近くの受験者の答えを見て修正し、それが全体に広まって正のフィードバックが起こり、全員が正解の回答に収束してゆくという群知能が働くのです。
渋滞と群集の力学も動物に学んでいます。群集における個人の行動には、先の3規則が働き、密集して進むこと、できるだけ多くの同行者を集め、行きたい方向への流れをつくることが良い。大きな集団を各自がすり抜けるのはまずムリで、逆方向に進むときには筋をなしてゆくことです。さらに群集の密度が高まると、脱出の可能性を示すパニックパラメーターから、自分の判断を40 %、あとの60%を群集に従うという混合戦略が最適になります。多くの場合に群集が正しいのは、「多様性予測定理」として、S・ペイジによって示されました。集団思考は危険ですが、独立した多様な群知能は賢いのです。「了」