「森暮らしの家」田渕善雄著 2014年5月10日 吉澤有介

  薪ストーブのこと

 著者はソローの森の生活にあこがれて1982年に八ヶ岳に近い山村に移住しました。金峰山の北麓といいますから、たぶん千曲川の源流にある川上村あたりでしょうか。ソローにならって山小屋風の木造の家をつくりました。ここは標高1450mの寒冷地です。最初の冬、東京の実家に帰って戻ってみたら、まず水道管が凍りつき、ワインのコルク栓が飛んで床にこぼれていました。防寒対策として、ドイツ式窓のアルミサッシュを木製に替えましたが、一番のこだわりはやはり薪ストーブでした。

 鋳鉄製の薪ストーブは1740年、ベンジャミン・フランクリンの発明だそうです。それが70年代のオイル・ショックを機に、一挙に進化しました。アメリカでは、薪ストーブの排煙・排ガス規制が立法化され、乗用車並みの厳しさになったそうです。一時は電力資本とオイル資本の陰謀かと騒がれました。しかし薪ストーブ業界は、自動車に使われている「触媒反応コンバスター」を取り入れて、この規制を克服しました。その結果、現在市販されている薪ストーブの多くは、燃焼効率80%以上にまで達しているそうです。従来型の暖炉の熱効率が14%といいますから、薪ストーブはかなり暖かいのです。

 しかしコストは安くありません。本体が50万円ですと、炉台や煙突の工事が同じくらいかかります。しかしそれだけの価値があるのです。この家の主力薪ストーブは、バーモント・キャステング社の初代「アンコール」で、冬の間24時間燃やし続けています。さらに玄関部屋とワークショップに同じメーカーの「イントレビット」各1台を備えました。薪ストーブには不思議な暖かさと優しさがあります。風呂ももちろん薪焚きです。

 ただ薪は手間のかかるエネルギーです。冬が来るまでに1年分の薪をつくるのですが、たいへんな肉体労働が必要です。それでも自分でやるのが楽しい。薪材は森林組合から買っています。いすずの6トントラック1台分、6mの丸太が今年(2012年)は10万円でした。それをチェンソーで40cm長さに玉切りし、隣人と共同購入した油圧式薪割機で割ります。作業量は、プロでも10日はかかるほどです。これを8ヶ月乾燥させるので、薪小屋もつくりました。薪つくりは、この山で一冬過ごすための神聖な儀式なのです。スポーツと労働と哲学が一体となった貴重な労働形態で、人生そのものといってよいでしょう。

 著者は、東京の下町のガソリン商の家に生まれました。祖父は明治の銀行員でしたが、祖母は大阪の炭屋の娘でした。母は石炭屋のおばさんに育てられたそうです。そして本人は今、この山の家で薪エネルギーの権威を目指しています。これも巡り合わせというものでしょう。高校3年のときに北八ヶ岳の山小屋で、薪ストーブの暖かさに出会ったのがはじまりでした。その後アメリカの田舎に薪ストーブを訪ねる旅をしています。

 ネットで検索してみると、著者には「薪ストーブの本」、「薪ストーブ大全」という書物がありました。未読ですが、いずれも3000円以上します。本格的の研究のようでした。
 本書では、これまでの増改築、石積み、菜園、椅子つくりの木工仕事なども詳しく語られています。山暮らしを考える人には参考になるでしょう。「了」

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