「モーツアルトが求め続けた脳内物質」須藤伝悦著 2014年3月28日 吉澤有介

   モーツアルトの音楽には驚異的な効果があって、多くの病気を治す、奇跡のような現象を起こしていることがよく話題になります。一方でその効果を否定する人も少なくありません。評価が大きく分かれているのです。納得できる科学的根拠が示されていなかったためでしょう。

 著者は長年の研究を通じて、音楽には脳機能を調節する重要な役割があることを、世界に先駆けて解明しました。その成果をもとに、モーツアルトに関する古い文献を読み返し、作曲活動は彼自身が抱えていた脳の病を和らげるために、無意識のうちに「心地よい音」を求め続けた結果、多くの名曲を残したのではないかという説を、国際誌に発表して世界の注目を集めました。

 200年前、モーツアルトは資料によると、ドーパミンが減少するために起こる病気で苦しみ、いつもイライラしていました。現代の精神科医たちは、それを注意欠陥他動性障害(ADHD)であったと推定しています。これは時間感覚がずれたり、モノや情報の整理ができずに衝動的に行動するなど日常生活がこなせない症状です。しかし一方で、優れたアイデアを生み出し、興味あることには集中し、大胆に行動することが知られています。また少年時代にはてんかん症を患い、後には統合失調症を発症したとも推察されます。9歳ころまでは金管楽器の音で痙攣を起こしたそうです。長じてそれが消えると幻覚や幻聴に悩み、妄想に襲われたりしました。

 しかしザルツブルグの優れた音楽家であった父レオポルトは、幼いモーツアルトに厳しい英才教育を施しました。その音楽によって脳内のドーパミンが増加し、多くの不快な症状が癒されるという不思議な体験をしたものと想像されます。著者はマウスなどの多くの動物実験によって、音楽がドーパミンの合成を促進することを確認しました。モーツアルトは、きっと音楽がADHDを改善して爽快な気分にさせると知って、自分をより癒してくれる音を追求したことでしょう。
もともと著者の研究は、脳内のドーパミン増減の効果を確かめることでした。そこではカルシュームCaが大きな役割を果たしていたのです。マウスでは、Ca代謝率を改善すると、てんかんや、パーキンソン病の症状が治りました。Caはホネだけでなく、脳内物質に影響していました。ドイツの精神科医クレッチマーの体形と気質の関係は、私がかって学んだ宮城音弥教授のお得意でしたが、ここでも証明されたのです。また適度のスポーツもドーパミンの増加を促進していました。著者はこれらの基礎研究から、日常の営みの中にドーパミン合成の要因を探りました。それは偶然のことでした。共同研究者の秋山佳代博士が、好きなピアノを弾いていたら、飼育していたラットが曲目によって動きが変わったのに気づきました。モーツアルトの曲だけのんびりと休むのです。念のため19人の作曲家から100曲を選んでラットに聴かせました。一番変化があったのは、モーツアルトのデヴェルトメント第7番のアダージオ(K205)でした。この実験でラットの血液中のCaが5〜6%増え、ドーパミンレベルが18%高くなりました。高血圧も改善されたのです。その効果は高周波領域(4000HZ以上)にあったことも確認できました。
モーツアルトの初期の曲には、自然の情景を感じさせるものが多い。それらの曲にはドーパミンを作り出す刺激信号が含まれていたのです。人々を夢中にさせることよりも、ひたすら自分が癒される音楽を求め続けたのでしょう。それは神がつくったともいえる名曲になりました。了

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