今から半世紀ほど前に、新しい進化の研究分野が誕生しました。DNAや遺伝子、あるいはタンパク質といった分子から生物進化を研究する「分子生物学」です。ダーウィンは、形態レベルの進化を自然選択説で説明しましたが、分子のレベルでみると、1962年の分子時計の発見を契機として、化石のような過去に生きた生物に頼らなくても、現在生きている生物のDNAから、進化の歴史を逆に遡ることができるようになりました。DNAは遺伝情報とともに進化の情報も持っている「分子の化石」といっても良いからです。系統樹が見直され、新たに生まれた分子系統進化学により、人類の起源も、チンパンジーとの分岐は約500万年前と推定されました。
1967年、それらの知見を踏まえて、進化に関する極めて重要な研究が発表されました。木村資生博士の「分子進化の中立説」です。分子でおこる進化の大部分は、有利な変異が自然選択で広まった結果ではなく、淘汰に有利でもなく、不利でもない、中立な変異が偶然に集団に広まった結果おこると主張したのです。これには世界中から強い反論が巻き起こりました。しかし多くの事実と理論の検証により、今日では分子進化論として世界の学会に定着しています。1992年、木村博士は進化学最高のダーウィンメダルを受賞しました。
進化の速度「分子時計」はタンパク質ごとに違うこともわかりました。機能に直接関与するアミノ酸は変異しにくいが、機能的制約の弱い分子の変異(進化速度)は速いのです。進化速度の速さでは、インフルエンザウィルスがあります。通常の生物の進化は数百万年単位ですが、ウィルスでは年単位でおこります。ウィルスにも分子時計が確認されました。そして進化の速度が桁外れに速いのです。ワクチンをつくる難しさがここにありました。
進化の主因は突然変異です。DNAの複製エラーによりますが、これを雌雄差でみると、生殖細胞分裂数では精子のほうが卵子よりも圧倒的に多い。中立説では、分子の進化速度は突然変異率に比例します。著者は1987年「進化はオスが駆動する」と提唱しました。これは10年後、トリで立証されています。これは男性が高齢で子供を持つと、生まれてくる子供にリスクがあるということです。母体の高齢出産リスクと同じ検証が必要でしょう。
人類の狩猟採集時代には、女は育児をしながら果実や木の実、キノコなどの食糧を採集して一家を支えてきました。男は主に狩猟に従事しましたが、獲物はいつも不十分で生活のあてにはできなかったはずです。実態は女に養ってもらっていたことでしょう。男は女の保護のもとに狩猟に出かけ、さまざまな工夫をしながら自由と遊びも楽しんでいました。そこに文化がうまれたらしい。女というパトロンがいてこそでした。著者は「マトロン」という秀逸な造語をあてています。分子進化論は、人類文化の発祥に及んでいました。
最近はミトコンドリアの共生に関する水素仮説が話題になっていますが、ここではもっと後の陸に上がった四足動物の祖先を探ってみましょう。生命は海で誕生しました。魚たちのうちシーラカンス起源説がありましたが、今では肺魚起源が有力のようです。またカメはトリ、ワニの近縁とわかりました。分子系統学はなお進化を続けています。「了」