「イスラームを知る四つの扉」竹下政孝著 2013年6月19 日 吉澤有介

   イスラームにおける死後の世界

 私たちは、世界で大きな比率を占める人々と文明に、ほとんど無知のまま過ごしてきました。イスラームは、他の宗教にくらべて難解だと思い込んでいたのです。しかし本書によると、どうやらそれは、中東文化の異質性に惑わされた偏見だったようです。

 イスラームの基本的な教義は、大体においてユダヤ教とキリスト教と共通しています。これは偶然ではなく、同じ根から派生したセム的一神教だからでした。7世紀に遅れて登場したイスラームは、先行する二つの宗教をよく知っていて、それが同根であることも意識していました。その上でイスラームは、人間の本性にもっとも合致した教えであるというのです。預言者ムハンマドによれば、ユダヤ教もキリスト教も、同じ神から啓示を受けたのに、モーゼとイエスの死後、その啓典は正しく伝えられず、双方で攻撃しあって神の教えから大きく逸脱してしまった。そのために神はムハンマドを預言者として選び、人類に最後の警告を与え、最も完全な啓典である「コーラン」を授けたというのです。

 ムハンマドの死後、この新しい宗教を掲げて、アラブ人たちは東に西に大征服を開始しました。その規模と速さは、アレキサンダーやモンゴルの大征服に匹敵し、後世への影響は両者をはるかに凌いでいます。9世紀には大イスラーム文明圏が確立していました。

 本書によれば、イスラームの基本的教義は、非常に分かりやすいといいます。それを死後の世界観で見てみましょう。すべての宗教は、生と死の問題に答えています。イスラームも同じで、神が定めた道を正しく守れば、人は天国に行きます。宗教のために死ぬことは、来世での幸福を約束される。現生は来世のための準備として存在しているのです。ここにイスラームのテロリストたちの行動原理がありました。

 しかもその天国のイメージは、極めて具体的です。朝から晩まで豪華な宴が続きます。お酒も飲み放題、器はすべて金で、錦のベッドにゆったりと手足を伸ばすと、美少年がお酌にまわります。さらにフーリーと呼ばれる光輝く金髪で大きな瞳の完璧な美女たちが、薄い衣で甘い香りにつつまれて住民それぞれに与えられるのです。この上ない官能的な歓楽のときを過ごすだけではありません。最高の喜びとして、天国では神に直接謁見することができるといいます。信者たちは、この世でイスラムの厳格な戒律を守った褒章として、この世で禁じられていたあらゆる快楽が来世において約束されています。そして来世まで我慢できずにこの世で快楽に耽った者には、恐ろしい地獄行きの運命が待っているのです。

 イスラームの地獄は、とりわけおぞましイメージです。地獄の住民には、罪の軽重に応じた軽い懲罰はありません。すべてが残酷な懲罰で、しかもそれが永遠に続くのです。

 これでは苦難に満ちたイスラームの若者たちが、先を争って自爆テロに走るのも無理ないことでしょう。かっての日本の、純粋にお国のために爆弾を抱いて出撃した特攻隊員たちとは、全く違うのです。中東問題の根は深いとみなければなりません。

 著者は東大大学院教授。イスラーム思想史が専門で、多数の著書があります。「了」

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