ユーラシアというと、ラクダが歩むシルクロード、悠久の歴史となるのが日本の通念ですが、いまユーラシアは一つの「地域」を形成して、政治的、経済的に沸いています。それはどうやら歴史を画する動きのようなのです。アメリカの一極支配が崩れて、世界が多極化しているのは間違いないでしょう。世界の長い歴史を見れば、そこには多彩で多様な文化や、社会発展が並存してきました。ところがある時期から、欧米文化を基軸とする「近代」が世界を覆うようになって、その多極性が削がれ、「進歩」という名のもとに先進、後進という序列化が行われたのです。そうした見方がいま崩れようとしています。
資本主義の勃興以来続いてきた西欧という「西」が、アジアなど「東」を含む非西欧世界を支配してきたその世界秩序が、重心を西から東に移動しながら歴史的な転換を始めているのです。「ユーラシア胎動」はその予兆ともいえるでしょう。
本書では「ユーラシア」を、ヨーロッパを除いたユーラシア大陸全体と捉えて、その驚くべきダイナミズムに注目しています。「ユーラシア地域」は300年余りに渡って帝政ロシアと清が対立と力の拮抗をはらみながら支配してきました。その基本的な構図は、ソ連と中華人民共和国の時代も変わらず、両者による対立と緊張が続いて政治的、経済的に分断され、「地域」が成立していませんでした。変化が起きたのは、1991年のソ連の解体と、90年代から本格化した中国の「世界の工場化」だったのです。
まず国境の画定が先行しました。7300kmにわたる中ソ両国の国境線は、ユーラシア地域分断の源でしたが、それが90年代前半から段階的に解決されていったのです。今日、中国、ロシア国境の4300km、中国とカザフスタン、キルギス、タジキスタン3カ国との3000kmの国境線も最終的に画定しています。互恵の精神に立った双方の譲歩という「フィフテイ・フィフテイ」戦略と、「ウィン・ウィン」戦略によったのです。これで7300kmの国境は「緊張と紛争」から「安定と発展」の地帯に変身しました。国境を越える人と物の流れが劇的に増え、高速道路、鉄道、パイプラインなどが縦横に張り巡らされています。
この沸き立つ「地域」を政治的、経済的にゆるやかに束ねているのが、「上海協力機構」(SCO)です。中国とロシア、それに中央アジアのカザフスタン、タジキスタン、キルギス、ウズベキスタンの六カ国が参加して、2001年6月に創立されました。「世界の多極化」、「公正な国際政治・経済秩序」を掲げてその存在感を強めています。アメリカの一極支配に抗する狙いは明らかですが、軍事同盟による反米ではありません。対外開放を原則としているのです。こうした「新たな世界」ユーラシアの新しい風に、日本はその進路を決めかねています。ユーラシアの一部でありながら、アメリカを通じて世界を見るという惰性から抜け出せないままです。本書では中国とロシアの国境画定に、アムール河の島を折半したいきさつが細かく語られています。これはそのまま北方領土問題の参考になる話です。また尖閣諸島を守るためにも、彼らの考え方を深読みして備えなければなりません。日本はまだ「上海協力機構」を過小評価しているようです。内容の濃い好著でした。「了」