「生物学的文明論」本川達雄 2012年12月12日 吉澤有介

   環境問題、資源・エネルギーの枯渇、超高齢化社会、赤字国債の山など、私たちは極めて深刻な問題に直面しています。現代社会は、技術の進歩によって確かに便利で豊かにはなりましたが、同時にさまざまな問題を引き起こしているのです。その要因は、これまでの技術が数学・物理学的発想にあったからだと著者はいいます。
この数学・物理学的発想ばかりでは、問題が解決しないどころか、一層深刻化してゆくことでしょう。著者は、生物学的発想こそが解決の糸口になると考えました。本書は、その生物学的発想による文明論を展開した、東工大での
20年あまりに及ぶ異色の講義がベースになっています。

 サンゴ礁の透明で美しい海は、実は藻類もプランクトンもいない栄養分の乏しい環境です。しかしそこには沢山の生物が暮らしています。その秘密はサンゴに共生している褐虫藻にありました。生物学者川口四郎が1944年にはじめて解明したのです。褐虫藻は大きさが100分の1ミリで、サンゴの細胞の内部に棲んでいます。活発に光合成した炭水化物と酸素をサンゴに提供し、サンゴからは排泄物と、呼吸による二酸化炭素をもらいます。サンゴにしてみれば、褐虫藻に安全なマンションを提供して莫大な利益を得ているというわけです。サンゴはその収入の半分を投入して、大量の粘液を出して体の表面を被います。その粘液が多くの生物を育てていたのです。サンゴ礁の豊かな海は、褐虫藻がつくったものでした。サンゴ礁は世界の海の0,1%しか占めていませんが、海水魚の3分の1が棲んでいます。それだけ生物多様性の高いサンゴ礁ですが、いまその4分の3が死にかけて危機に瀕しているそうです。原因はすべて人間の活動によりますが、とくに最近は海水中の二酸化炭素による酸性化と海水温度の上昇で、褐虫藻がサンゴから抜け出し、サンゴが白化して死んでいます。サンゴの海はそれほど微妙なバランスで成り立っていたのです。

 生物の世界では、どの一つが欠けても、生態系が一挙に崩壊してしまいます。数学・物理学では41=3ですが、生物学では41=0、逆に共生では1+1=10にもなるのです。

 本書ではさらに生物と水の関係、生物の形と意味、生物のデザインと技術、生物のサイズとエネルギー、生物の感じる時間は絶対時間とは違うなど、数学・物理の支配する人工物に比べて生物はどのように違うか、またどれだけ賢いか、多くの具体例をあげて生物学的発想の大切さを強調しています。よく人にやさしい環境や技術といいますが、これはいいかえると人と相性がいいかどうかということです。やわらかくて常にリサイクルしている生物のデザインや生き方が、これからの技術のよいヒントになることでしょう。

 人間社会に対して生態系の持つ価値は、貨幣にして世界のGDPにも匹敵するそうです。しかしこれも役に立つものだけの集計で、すべての生物を含めたらこんなものではない。また現代社会の評価はいつも%で、比例で考えますが、生物の基本原理はアロメトリーで、4分の3乗で考えます。それだけでも世の中の見方が大きく変わることでしょう。
 著者はナマコの研究者です。ナマコは通常の脊椎動物とは逆転の発想で、ほとんどエネルギーを使わずに、賢い生き方をしています。幸せな天国がここにもありました。「了」

***********************************************

コメントありがとうございました。ナマコは外敵に襲われると、皮膚を硬くして守り、さらに齧られると逆に急にやわらかくなって、腸を吐き出すのだそうです。外敵がそれを食べているうちに姿をくらまし、傷口を元のとおりに修復してしまいます。ナマコの皮膚は、知能材料の機能を持っているのです。ナマコは普段はほとんど動きません。徹底した省エネで、食べ物はまわりの砂で間に合うのだそうです。動かないので筋肉はいらない。砂についている僅かな有機物で充分生きてゆけるので、食べる心配がない。ナマコは幸せな動物なのだそうです。

カテゴリー: 気候・環境, 社会・経済・政策 パーマリンク