― 地球の来歴を語る -
物語は、英国ウェールズの海岸に転がっている一つの小石の、複雑な鉱物の色や肌合いを持つ構造に、どのような歴史が詰まっているかを詳細に探ってゆきます。そこにはさまざまな原子があり、その数はアボガドロ定数で見積もることができますが、ちいさな小石にも気の遠くなるほどの膨大な世界が広がっているのです。それはまさに小宇宙であって、その原子の究極的な起源といえば、137億年前のあの瞬間に行き着きます。
その小石の故郷の山々や、地球全体、それどころか太陽系、天の川銀河、さらに天空のいたるところに存在する無数の銀河の物質すべてが、たった一つの点からビッグバンでスタートしました。小石の旅の始まりです。灼熱の一瞬から長い年月を経て太陽が生まれ、地球ができる、さらに火山の噴火などのイベントが相次いで起こります。著者は物理学、化学、地質学、鉱物学、古生物学、宇宙科学などの先端知識と科学的手段を総動員して、まるで法医学のような鮮やかな手法で、かすかな痕跡を丁寧に読み解いてゆきます。
これまでも地球科学の分野では、一般読者を対象とする名著は多数ありましたが、本書のように小石を主人公にした試みは初めてのことでしょう。しかも過去の記憶だけでなく、人類が滅亡した後の世界まで想像しています。小石は自然環境にあっても常に変化し、微生物や原生動物、魚類や人類などの生命とも接触します。昼も夜も休みなく分解しながら、一億年後には人類の痕跡を遺してなお旅を続けていることでしょう。
地球の終わりも予測できることです。いまからおよそ50億年の後には、太陽が最後の赤色巨星となり、水星や金星らとともに私たちの地球の残骸も太陽に呑み込まれるでしょう。太陽の核も崩壊して白色矮星になり最終爆発に至ります。そのときは私たちの小石の原子をすこし含んだ宇宙塵が銀河を漂ってゆき、いずれ新しい恒星系の誕生に組み込まれるのかもしれません。大胆な推量ですがあり得ることです。そうしてまた次の物語が始まるのです。小石の旅の壮大な「真夏の夜の夢」を見るのも一興でしょう。
著者はアントロポセンの研究で知られています。アントロポセンとは、1995年にオゾンホールの研究でノーベル化学賞を受けたパウロ・クルッツエン博士が2000年に提案した造語で、最近の地質学的な時代を表す言葉です。生物学や地質学における人類の影響の大きさから、地球は人類中心の地質時代に突入したという仮説で、人類の痕跡を時代区分の一つに加えるかどうかという議論なのです。それは約6550年前の巨大隕石の衝突による、恐竜や他の動植物の大絶滅について、イリジュームが高精度のマーカーになっていることにならった考え方なのだそうです。地質学者の時代感覚はまた特別のようですね。
著者は、地質学・古生物学を専攻する英国レスター大学講師で、本書はごく身近な一つの小石から、137億年の宇宙の来歴を語るというロマンに溢れた科学読物です。 「了」