本書では、森林についての一般の認識が、専門家も含めて大きな勘違いをしていることを鋭く指摘しています。森は人にとってすべて心地よく、環境にいいものなのだろうか。自然は決して人間に都合よくできているわけではありません。自然には自然の法則があるのです。これが自然の「作用」(メカニズム)です。それに対して、人間に都合のよい「作用」だけを求めて、単純に森には良い「機能」(恵み、サービス)があると考える専門家が少なくありません。「作用」と「機能」は違います。人間の都合から森を見ると、さまざまな誤解が生まれてくるのです。その一端を、森と水の科学でみることにしましょう。
かって四手井綱英は「植樹は水を生産すると思っている人がいるが、水を消費するものである」と言っています。森林の保水機能は、まさに自己維持、再生機能なのです。とすれば砂漠に植林することは、少ない地下水を人と森が取り合うことになってしまいます。
森と水の「作用」は、雨水を一時的に貯留し、それをゆっくりと流してゆく「平準化作用」と、雨水を葉の気孔から蒸発させる「蒸散作用」が森の生命を維持します。同時に人にとっても「洪水緩和機能」と「渇水緩和機能」に関連しますが、森の都合が優先するのです。また森には雨水を樹冠から直接蒸発する「樹冠遮断作用」がありますが、これはどちらにもプラスにはなりません。これらの「作用」については物理学、「機能」については工学的な手法で、地道な研究がすすめられています。その結果、日本では雨が降るから森があり、その逆ではないということがわかりました。森の「保水力」と「浸透能」は、「緑のダム」として重要なテーマになっています。しかし政治的な思惑で、極論が先行してしまいました。これは科学的な見方からすれば、旧来のダムとうまくバランスをとることが望ましいのです。「洪水」と「渇水」についての森の役割でも「神話」と「逆神話」がまかり通っています。ここに著者の研究者としての悲痛な苛立ちの声がありました。
また「針葉樹林を間伐し、健全な人工林や、広葉樹林に誘導する」ことが、年間流量にどのように影響するかについても、基礎的な研究がすすめられています。土壌が貧弱で水消費型の森は、最悪の「緑の砂漠」なのです。健康な森つくりへの貴重な提案がありました。著者は切り捨て間伐でも良いと考えています。それよりもムリに作業道をつくって重機を入れることによる、地盤への悪影響のほうがが問題だというのです。
間伐材のバイオマス利用についても、小規模の木材生産に付随しての、林地残材収集システムを開発し、地域活性化のためのエネルギー資源を供給することを推奨しています。それも2段燃焼ボイラーが良いと、提案は具体的です。さらに著者は、森の「所有」と「管理」の問題にも、深く立ち入って建設的な提言を行っています。森を冷静に観察することで、研究者と社会の信頼関係を取り戻したいという著者の願いが込められていました。著者は1965年生まれ、現在東京大学大学院付属演習林生態水文学研究所長で、本書は東京大学総合寄付講座「水の知(サントリー)」の企画の中の、2009年に行われた「森と水と人」の講義がベースになっています。これはかなり刺激的な内容でした。「了」