身近な雑草の愉快な生き方 稲垣栄洋 ちくま文庫 2012年6月30日 吉澤有介

   逆境の時代である。よく「雑草のように強く生きよ」といわれるが、意外にも雑草自体は決して強くない。むしろ弱いほうだ。その彼らが力強く生きている秘密、そのキーワードが「逆境」である。踏まれたり、抜かれたり、刈られたり、さまざまな困難が降りかかっても、雑草は根を下ろした場所から逃げ出すことはできない。そんな宿命にありながら逆境を受け入れ、ついには逆境を克服して強く生きる術を身につけたのである。

 本書では、その彼らの生命の躍動する姿を、雑草からの目線で楽しく紹介してあるので、つい引き込まれて一気に読んでしまった。50種あるその中からいくつかを拾ってみよう。

・スギナ 
春の風物詩「つくし」としては親しまれているが、本体のスギナは畑の雑草の代表として嫌われている。ふつうの植物の花に相当するつくしの穂には、2百万個もの微細な胞子が詰まっていて、六角形の扉が開くと、一斉に風で運ばれてゆく。スギナの仲間はおよそ3億年前の石炭紀に、大繁栄して一世を風靡した。当時は高さ数十メートルもある巨大な植物で、地上に密生して深い森をつくっていたという。そのスギナの祖先たちは、寒冷化や乾燥などの地球の大変動に対応できずにほとんどが絶滅し、長い時間のうちに石炭となり、近代になって人間社会にエネルギー革命をもたらした。僅かに生き残ったスギナは、身の丈は低く地下のシェルターに根茎をめぐらせ、いくら取られても芽を出してくる。広島の原爆の跡地でも真っ先に緑の芽を出した。一度地獄を見た強さなのだろう。

・カタバミ
空母から戦闘機を次々に発進させる、カタパルトに語感が似ているが、種子を発射する勢いもそっくりだ。夕方に葉を半閉じにするのでその名がつけられた。夜間に熱エネルギーを逃がさないためである。花も閉じてしまうという省エネぶりだ。またカタバミの葉は、虫に食われないように蓚酸を多量に含んでいる。だからその葉で金属を磨くとピカピカになる。10円玉を光らせるだけでなく、鏡を磨くと恋人の像が浮かぶとか。繁殖力の強さと防御力、しかも姿が美しいために、戦国武将の家紋として好まれた。

・メヒシバ
雑草の女王とも呼ばれる。人間の管理する畑は栄養も水もあるが、頻繁に刈られたり耕されたりする苛酷な環境である。しかしメヒシバはどのように傷みつけられてもひるまない。茎に節を持ったことで、横に伸びて節から根を張って陣地を拡大し、立上がって陣地を強化する。刈られても折られても節からまた生長してゆく。しっかりした節目があるだけに状況によって自在に戦略を使い分けるのだ。人生の節目にも似ている。

・エノコログサ
猫じゃらしと呼ばれて子どもたちの人気ものだ。花言葉も「遊び」である。通常の光合成を行う「C3」回路とは別に、「C4」回路という高性能の光合成システムを持っている。「C4」回路は葉でなく茎の中にあって、CO2を濃縮して「C3」回路に送り込む。ターボエンジンの仕組みで、光合成効率が2倍になる。イネ科の雑草に多く見られるこの「C4」回路は、乾燥にも平気で勢い良く生い茂る。しかしこのエンジンは、特別に高エネルギーを必要とする。真夏の日光と高温下では好調だが、冬場にはやや弱いようだ。
著者は、岡山大学農学部出身の農学博士で、雑草生態学を専攻している。「了」

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