4億年の知恵に学ぶ「昆虫未来学」 藤崎憲治 新潮選書 2012年5月3日 吉澤有介

  本書では、まず4億年前に誕生した昆虫が、現在まで繁栄を続けてこれた理由を解明し、その知恵を人類の未来に活用する術を探る。昆虫は植物とともに私たち人間にとって最も身近な生物であるが、その多様な生き方はまだあまり知られていない。

私たちは地球の大先輩である昆虫にもっと畏敬の念を持って、彼らから謙虚に学ぶことが必要である、昆虫はさまざまな恵みをもたらす一方で、害虫として駆除の対象になったりする。しかしその害虫も、地球生態系のなかで捉えれば、何らかの大切な役割を果たしているのである。著者は「昆虫から学ぶ科学」が拓く未来について展望している。

昆虫種の数は現在わかっているだけでも100万を超え、全生物の三分の二を占めており、さらに毎年新種が3000種も追加されている。地球は「虫の惑星」と呼ばれるほどだ。そのルーツは古生代デボン紀にさかのぼり、石炭紀に一挙に適応放散した。翅を発明して空中という三次元の世界に進出したのである。大気の酸素濃度が高まったことによる。そこで昆虫と植物の共進化がはじまり、爆発的に多様化することになった。小型化と移動能力によるその戦略は実に見事である。ここではいくつかの例を挙げてみよう。

生殖戦略はよく知られているがそのほかでも、昆虫が群れるわけは、多ぜいで食べると硬い葉でも少しずつ齧れること、また捕食者に襲われたとき、捕らわれた一匹を犠牲にして、群れ全体は一斉に逃げ切って種を守るという、危険の確率を薄める利己的な動機もある。北米の大集団で移動するオオカバマダラでその効果が観察された。昆虫の社会システムも群れ進化の好例である。ミツバチでは特に分業が発達しているが、働きバチのなかでもまた巣の掃除係、育児係、門番、外勤と細分化されているという。シロアリも高度な社会性を持つ。特殊な近親交配でコロニーを存続させていることを近年、岡山大学の研究グループが発見した。シロアリは後腸内に多くの原生動物とバクテリアを生息させてセルローズを分解する。生態系を維持するには、物質の循環が欠かせない。シロアリの分解者としての役割は極めて大きく、もし彼らがいなければ、自然界はバクテリアや藻類、単純な多細胞植物がいるだけの、いわば10億年前の地球に戻ってしまうと考えられている。

またシロアリの社会行動から、卵に寄生する新種の菌核菌が発見された。その相利共生関係から、斬新なシロアリ防除法が開発されている。ナラ枯れ現象についても、原因はカシノナガキクイムシの食害によるが、その急増した生態もようやく解明されてきた。

昆虫に学ぶバイオミミクリー革命の発展もめざましい。シロアリの巣をモデルにしたエアコン、ある種の甲虫の空気から水をとる技術と高感度赤外線センサー技術、強靭なクモの糸、ガの複眼を真似たスーパー反射防止システム、アメンボは微弱な振動を感知する。スズメバチからの脂肪燃焼ドリンク、ガンの進行を遅らせるヤママユの休眠物質、蛆に傷口を舐めさせて治療するマゴットセラピーも凄い。また最近は昆虫を真似たロボットが注目されている。その将来性は大きく、生物学と工学の連携強化を願うばかりである。

著者は1947年生まれ、京都大学大学院農学研究科教授で、昆虫生態学、応用昆虫学を専攻している。         「了」

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