「ニホンオオカミ」は生きている 西田智著 2012年4月13日吉澤有介

  九州祖母山系に狼を追う

 ニホンオオカミは100年前に絶滅したとされていますが、この本はその定説に疑問を持った在野の研究者による、半世紀に及ぶ壮大な野外追跡ドキュメントです。著者の西田さんは九州の高校の英語教師をしながら、九州大学の理学部に籍をおいて野鳥や野生動物の生態調査研究を進め、原始の姿を残す祖母山系に深く分け入ってきました。

ニホンオオカミを追いかけるきっかけとなったのは、祖母山にはじめて入った19615月の夜にイヌ科動物の遠吠えを聞き、山小屋の主からあれは「山犬」だと教えられたことでした。それ以来いつかその正体を確かめたいと願ってきましたが、校長を定年で退職して早速念願の本格的な調査を開始しました。ワゴン車を改造したキャンピングカーを基地として山に通ううちに、大きなイノシシやシカが何者かに襲われて腹を食われている死体がかなり見つかったことから、西田さんはニホンオオカミか、山犬が襲ったにちがいないと確信したのです。その噛み付き方は猟犬のものではありませんでした。また山犬らしき動物の目撃情報も出てきました。この山犬はニホンオオカミなのでしょうか。

西田さんは東大はじめ国内に保存されているニホンオオカミの剥製標本を、すべて確認して写真に収め、その標本の捕獲された現地で関係者に詳しく話を聞きました。その中には秩父三峰神社の古文書や、1996年に秩父の山で八木博さんが撮影した秩父野犬の調査もありました。さらに愛知万博に出展されたライデン自然史博物館の標本も見ることができたのです。その形態はイヌやその変種との違いが明らかでした。

20007月、西田さんはツキノワグマ生存調査も依頼されて、いつもの山に入りました。そこで突然一頭の謎のイヌ科の動物に遭遇したのです。しっかり撮影された10枚の写真は、何とニホンオオカミに最も近いとされた秩父野犬と酷似していました。

ookami.jpg

驚いた西田さんは、分類学専門でイヌの系統に詳しい今泉吉典博士に写真を送って鑑定を依頼しました。そこでこの動物が秩父野犬と、さらにシーボルトが持ち帰ったニホンオオカミのライデン標本ともほぼ一致するとのコメントを頂いたのです。

西田さんは、慎重の上にも慎重を重ねてその年の11月、東大での野生動物保護学会で発表しました。それからがたいへんだったのです。絶滅したとされていたニホンオオカミが生きていたとあれば世紀の大事件です。予想通り賛否がわかれました。

肯定派は形態からみた分類学者で、まず間違いなくニホンオオカミであろうとみました。ただ確認のためには、写真だけでなく頭骨の計測なども必要なのだそうです。もっともな話ですが、せっかくの生存固体ですからそれはムリというものです。

一方懐疑派は、絶滅したのだから生存しているはずはない。これは狼と犬の交雑した狼犬だろうときめつけています。さらに生態として人(西田さん)の近くを歩いたのはおかしいと。しかしニホンオオカミの生態は誰も知らないのですから変な理屈です。野生動物保護学会は否定的でした。重鎮の東京農工大丸山直樹教授は、日本オオカミ教会の会長として、増え続けるシカ害を防ぐためにタイリクオオカミの導入を提唱していました。アメリカの成功例があったからです。しかしタイリクオオカミは、ニホンオオカミとはかなり違うらしいので、導入した場合の生態系への影響が懸念されてこの計画は中断しました。

かって秩父野犬を報告した八木博さんは、当時はやはり学会から徹底的に否定されましたが、今回の西田さんの発表でニホンオオカミの可能性が高くなり、あらためてお互いの交流を深めています。またその他の各地方からも山犬らしき情報も多くなってきました。

ニホンオオカミの特徴のひとつは、尻尾が太いまま断ち切れているように見えることです。もし絶滅せずに各地に生存しているなら、私たちも出会う可能性があります。山に入ったら気をつけることにしましょう。またシカが増えたらオオカミも個体数を増やすはずと考えられますが、あまりにも数が少なくなると、生殖力の回復は難しいようです。

西田さんは、国として専門機関を設けて、ニホンオオカミの生存確認調査をすることを提案しています。生存している場合には保護対策を徹底しなければなりません。

ツキノワグマについても、九州では絶滅したとされていますが、西田さんは祖母山系で生存の痕跡を見ています。西田さんの野生動物へのロマンに感動した一書でした。

「了」

カテゴリー: 自然 パーマリンク