消費者との距離
著者は早大(文)卒のルポライターで、日本人のモノづくりの真髄は「丹精をこめ
る」ことにあるとして、各地の現場からその人たちの話を集めて紹介している。丹精とは「こだわり」とは違う。
狭い領域に頑なに閉じこもるのではなく、もっと自由に、あらゆる知識を集めて工夫
を凝らし、真心をこめて物事を進めることを指している。
その好例として、
加藤さんは、水田5,6hrと山林100haを所有して、コメづくりと林業に励んでいる。
1980年代末には、地元の農協を脱退して独自の路線に進んだ。
これにはたいへんな勇気を要したが、丹精こめてつくったおいしいコメが、片手間で
やっている農家のコメと一緒にブレンドされることに耐えられなかったからである。
脱退後は自ら口コミによる販路を開拓し、さらに15年ほど前から持ち前の発想力と行
動力で山林経営までも黒字にした。
加藤さんの2006年における経営状況は次のとおりであった。
(売上高と年間作業日数) 売上高 作業日数
・コメ(キヌヒカリ) 550俵 10,000千円 150日
・杉丸太(@45千円/m3) 300本 5,000千円 100日
・働き仕事(森林組合での伐採・機械レンタル) 5,000千円 60日
・山菜 (地元の3人に外注) 750千円 -
計 20,750千円
コメの売上げには、機械によるよその田んぼの仕事までの作業委託料も含んでいる。
県では「あきたこまち」や「はえぬき」をすすめているが、加藤さんは、自分の田に
合った「キヌヒカリ」にした。収量は多くないが味がよい。
籾のまま8度で保管し、出荷時に精米する。
価格は400円/kgで、沖縄にまでファンがいるという。
林業には2004年に省力機械を導入した。自走式スイングタワヤーダー(日立建機)
で、作業道の確保、伐採、集積、玉切り、150mのワイヤーを巻くウィンチなどで、
20人分の力仕事をこなせた。
価格は20、000千円であったが、自社だけでなく組合にレンタルし、年間1,000時間
稼動させ、2年で元をとったという。
1日平均6時間として、年間166日稼動したことになる。
ヤーダーを運ぶに片道2万円の運賃がかかるが、それでも1日15万円稼いでくれた。
5年目にキャタピラーが壊れて100万円単位の修理費がかかったが、積極投資はなお
続けてゆくつもりでいる。
加藤さんは、自分の持ち山は11月からの寒刈りしかしない。家を建てる人からの
注文で、はじめて伐採する。
新築の家1棟分がスギ丸太300本で、トラック15台分だという。
馴染みの工務店や建築家とのネットワークを結んでおり、注文があるとまず山で立
ち木を見てもらうというやり方だ。
2006年には2棟分の注文を受けたが、それ以上のムリはしない。 11月からの山仕事では、加藤さんは朝の7時半から夕方の6時ころまでずっと山の
中である。持ち山まではクルマで10分、森林組合の現場は30分で着く。
金曜日までに段取りしておき、土日にアルバイトを夕食つき日当1万円で雇い、土日
に一気に仕事を片付ける。
公共建物、学校などの木造建築の普及にも活躍している。
しかし自分の山からはなるべく出さないことにしている。
利益誘導にみられないよう気配りをしているのである。
2009年には鶴岡出身の作家、藤沢周平の記念館を木造で建築することになった。
総工費2,5億円で、森林組合から1億円の木材で現場をまかなうことになった。
地元なので加藤さんも一部だけ参加する。
加藤さんは森林組合にヤーダーの貸し出しだけでなく、細かい技術指導までして
いる。林業全体の復興を願っているのである。 コメつくりでも、かつて冷たくみていた農協の農家から、ついに加藤さんに続
くものが出てきた。
加藤さんはおいしいコメつくりの技術をどんどん公開している。
山形県では2007年4月に「みどり環境税」を導入した。
県民一人あたり1000円+αを徴収して予算を組み、不在山主と契約してその荒廃
した山林を再生させる計画である。
20年間伐採しないで、その間の手入れを県が行うものだ。
加藤さんはそれもまだ甘いという。
本来は森林組合がきちんと仕事をしなければならない。
もっとみんなが山に入るようにしたい。
加藤さんは自分の山に散策道をつけて癒しの森にした。
広葉樹の入った見事な混交林である。ここで採れた山菜は高級料亭で人気が高い。
加藤さんの仕事には奥さんの協力がある。
かれは若いときにスキーのインストラクターとして、苗場で働いた。
競技でも活躍し、全日本で7位に入ったこともある。
都会の娘たちにもてたが、農林業を継ぐため、見合いで農家出身の今の奥さんと
結婚した。子育ての上に、山仕事のコメの発送や経理をすべてこなす。
地元の人望厚い、実に堅実な一家であった。
「了」
2011年6月22日 吉澤有介