日本の農林水産業 (2)八田、高田共著、日経2010年11月22日

農業について
 さきに林業について紹介したが、本書の主題である農業についても概要を
お届けする。
 日本の農業のあり方を考えることは、林業の再生とも大きく関連するからで
ある。

 著者らはまずやはり農業における市場の失敗と政府の失敗から出発している。
現状をみると、農家の
9割が零細の農地を持つサラリーマンなどの兼業農家で、
生産規模を拡大できない主業農家よりも、また一般のサラリーマンよりも豊か
である。

 主流である兼業農家は手間のかからないコメを作っているから、日本のコメ
生産規模は極端な零細規模で、生産性の低いのは当然である。

  GDPに閉める農業の割合は1%であり、林業水産業を合わせても11%であ
るが、政府予算に占める農水省の比率は
47%である。
これは政治的にみて農業人口が多いからである。
しかも
08年での日本農業の総生産額84兆円のうちコメは19兆円で、
野菜
21兆円、畜産26兆円のほうが多い。
農産物で最大の黒字国であるオランダは、生産性の高い野菜、畜産物で稼いで
いる。生産性の低い穀物は輸入しているから食糧自給率は低いが、日本の目指
すべきモデルの一つである。
適切な施策で日本農業は輸出産業になりうるであろう。
食料自給率は、別な見方をすれば心配することはない。
 市場の失敗は規模の拡大を阻害してきたことにある。
農地の利用に制約は必要だが、その方向があまりにも間違っていた。
政府の失敗と重なっている。すべての政策は兼業農家の戸数を維持することに
あった。それは農協、自民党、農水省のトライアングルによる。
農家が減ると困るのだ。そのために都市の労働者よりも豊かな彼らに膨大な国
費が投ぜられてきた。
規模の経済に戻るもっとも有効な手段は生産調整の廃止である。
米価は下がるが、多くの兼業農家は生産をやめ、主業農家に集約されるだろう。
 ただそのままではコメの生産者に大きな犠牲を強いることになる。
納得してもらうためには、経過措置としての個別補償が必要になる。
その方法として、欧米で主流であるデイカップリングすることを提唱している。
従来からのコメ農家の既得権を認め、今後の生産活動と切り離して補償するもの
である。こうすると補償を貰うためにムリして農業を続けることはないから、兼
業農家はやめても損はしない。退職金とみることもできるだろう。
主業農家はこれを機に規模を拡大してコストを下げることができる。
 ところが現政権の考え方は、生産調整を守った農家に補償する。
価格維持のためである。これでは零細で豊かな兼業農家を守るだけで、全く逆効果に
なってしまう。
 別の方法もある。生産調整をすべてのコメ農家に厳格に適用することだ。
保有農地の一定割合に耕作許可証を発行する。
農家はそれ以上の土地でコメをつくれない。ただその許可証は全国どのコメ農家にも
売却できることにする。
ムリに高いコストで生産してきた農家は、大規模化できる農家に権利を売ればコメは
適地に集約して、全国の面積は同じでも生産性は向上し、コストは低下する。
しかも政府の補助は全く不要である。場合によってはその段階で補償しても良い。
コメつくりをやめた兼業農家はもう対象外だから、補償額はわずかで済んでしまうだ
ろう。米価は下がるから、関税を下げても対応できる。
さらに株式会社の参入の自由化もできれば、生産性は大きく向上するはずである。
 しかし農協に大きな問題がある。法人税は低く、金融事業と経済事業、さらに組合
員向けのさまざまなサービス事業を展開している。
つまり巨大商社であり、大銀行であり、大保険会社である。
農協の経済事業は販売額
45兆円、購買額35兆円に達する。
さらに信用事業では預金残高
786兆円、長期共済契約高は360兆円である(2005年)。
それでも金融庁の検査もなく、公認会計士の監査もない。政府の補助金の受け皿でも
ある。
 一般の金融業では経済事業との兼業は、厳格に禁止されている。
農協では経済取引に応じない農家には融資しないと脅すことができるのだ。
農協職員は
233万人いるという。その上、農協代表理事には兼職が認められている。
組合員から選任するからである。一般の金融機関では利益相反の面からとうてい考えら
れないことだ。
金融業からの参入は困難で、農協は絶対的優位を独占している。
改善の方向はもうすでに明らかであろう。
 農業委員会の問題も大きい。各市町村に一つの行政組織で、農地の売買や転用許可な
どに絶大な権限を持っている。
身分は特別職の地方公務員である。学識経験者も入るがこれは少数で、多くは農協役員
などの地域有力者の輪番制になっており、その意向で運用されている。
そのために恣意的で不透明な事例が多く発生している。
高齢化などによる耕作放棄地の対策にも機能していない。
入札制度がどうしても必要である。
 2009年に農地法が改正されたが、これら農協や農業委員会などの政府の失敗は、
ほとんど改善されていない。逆に農協や農業委員会がさらに優位になる方向である。
 著者らはそれらの問題点を鋭く指摘し、具体的な施策を数多く提言している。
各項目には(注)としてその根拠も列挙してある。
政府や農水省は、これらの貴重な提言をどのように受け止めているのだろうか。
「了」
            2011527日 吉澤有介

 

カテゴリー: 林業・農業 パーマリンク