[DNAの98%は謎」小林武彦著  2018年12月12日 吉澤有介

- 生命の鍵を握る「非コードDNAとは何か」- 講談社ブルーバックス2017年10月刊
著者は1963年生まれ、現在は東京大学分子細胞生物学研究所教授。日本遺伝学会会長、「ゲノムを支える非コードDNA領域の機能」研究の代表で、この分野の第一人者です。
ワトソンとクリックが1953年に、DNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造を発見して以来、遺伝子の理解が飛躍的に高まりました。DNAが遺伝子の本体であることが判明して、その構造も明らかになり、今や遺伝子を研究する分子生物学は絶頂期を迎えています。
2003年には、ヒトをつくる設計図ゲノムが解読され、約30憶塩基対、2万2000個の遺伝子が発見されました。しかしこの遺伝子の数は、予想よりははるかに少ないものでした。ヒトよりもずっと単純な体の線虫でも、遺伝子の数は1万9000個なのです。これは、一つの遺伝子領域から複数のmRNAがつくられて、タンパク質のバリエーションが生まれることを意味していました。もう一つの発見は、ヒトゲノム30憶塩基対のうち、何と98%がタンパク質を指定する情報(コード)を持たない「非コードDNA領域」だったことです。
ではこの{非コードDNA領域}とは一体何なのでしょうか。当初は大した機能はなさそうだ。意味のないムダなものと考えられてきました。ところがその配列を詳しく見てゆくにつれて、実はそれこそが生命の不思議に迫る重要なものと分かってきたのです。その機能の一つは、2%のコード領域にある遺伝子の複製や分配、修復、タンパク質をつくる作用などを調整して、確実に維持することでした。遺伝子の発現が変化する例としては、三毛猫では。X染色体が不活性化するため、オスが3万分の一の確率でしか生まれないことがあります。
また動物では、どの細胞もフルセットの設計図であるゲノムを持っています。いったん分化した細胞は、通常はもとの未分化な状態には戻れませんが、分化した細胞を初期化したのが山中伸弥教授のiPS細胞の技術です。そのDNAの複製にも、非コードのDNA領域が深く関わっていました。複製後の染色体の分配を決めているらしいのです。大隅良典教授のオートファジーに関する遺伝子の転写の調節作用もそれでした。進化を加速させています。
ヒトとチンパンジーの違いでも、遺伝子部分の比較では、1~2%の違いしかありません。多分キーとなる少数の遺伝子の違いが、見た目の違いになったのでしょう。例としては下顎の咀嚼筋の差がありました。そのために顔や頭の形に違いが出ましたが、それだけでは説明がつきません。ところが非コードDNA領域のゲノムにはかなりの違いがありました。特にサブテロメア領域に大差があったのです。それが遺伝子の発現バランスを変化させ、ヒトとチンパンジーの形態の違いとなって、環境に対して適応、進化したものと考えられます。
また私たちのゲノムDNAは、つねに活性酸素に放射線や紫外線などで傷ついています。その修復にも非コードDNA領域が働いていました。細胞の老化を防いでいるのです。医療分野では、最近のゲノム編集技術CRISPRCas9で、遺伝子治療が大きく進展しています。
男性だけが持つY染色体は、非コードDNAのかたまりです。進化速度が速いので、配列などの組み換えが起こりやすく、500万年後にはY染色体が消滅して、男性がいなくなるという説があります。非コードDNAによる進化の行く末だそうです。ヤバイ! 「了」

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