インター・シフト社2018年4月刊
著者はサイエンス・ライター。国際的な物理学誌フィジックス・ワールドの編集者と寄稿者です。「花の電場をとらえるハチから、しっぽが秘密兵器のリスまで」という副題がついていました。この出版社からは、ほかにも「猫はこうして地球を征服した」や、「ニワトリ人類を変えた大いなる鳥」などの動物行動学についての楽しい本が出ています。
私たちの世界には、さまざまな物理の原理を利用して生きている動物たちがたくさんいます。動物の行動が物理の進歩を引き起こして、新しい技術が生まれるきっかけにもなりました。研究者たちは、人工的に動物モデルをつくることでさらに理解を深めています。
イヌは濡れると、体毛の保温効果を失う上に、蒸発で体が冷えてしまいます。そこでイヌはブルブルと体を振って水を飛ばすのです。その時どれだけエネルギーを使うのでしょう。ジョージア工科大学の研究者たちは、それを緻密に計算して実験を重ね、モデルをつくって、全容を解明しました。さらに蚊が雨の中でも飛ぶことについて真剣に追求しています。熱帯のマラリア予防にも関連するからです。しかしその実験は困難を極めました。自然の雨粒に近い条件で撮影を繰り返し、映像を分析して雨粒との衝突の頻度と状況を観察し、蚊が衝撃をうまくかわして無事に飛ぶ様子を捉えました。運動量の計算通りだったのです。
アメンボは6本の細い脚で、水面をスイスイと軽快に進みます。水の表面張力を利用しているのですが、MITの研究者は、その水面に働く力を計算しました。ただ浮くだけなら簡単ですが、素早く進む力は難問です。当初は表面張力波とみていましたが、どうも計算が合いません。幼虫の遅い動きを観察して、脚で渦をつくって進むことを突き止めました。まねて製作した長さ9cm、0,3gのアメンボロボットは、水上を見事に歩いたそうです。
流体の物理では、ネコが如何にして水を飲むのかを本格的に研究したのも、MITの科学者でした。2008年のことです。舌の動きが極めて速く、そのプロセスは高速撮影でようやく捉えられました。毎秒3,5回舌を動かし、一度の動作で0,14mlの水を取り込んでいました。舌の表面には親水性があり、一瞬の素早い動きで水柱が立っていたのです。その動きをまねて実験装置をつくり、方程式を導いて「サイエンス誌」に投稿したところ、物理学者たちの論争を呼んで、スケーリング則の適否をめぐる大騒ぎになりました。勝負は?
ミツバチの飛行についても、単純な答えはありませんでした。一般の飛行機の翼の揚力の説明では、翼の上面と下面に流れる空気の速度の差が挙げられていますが、それでは飛行機が背面飛行もできることと矛盾します。実際ははるかに複雑な現象でした。ミツバチの高速で羽ばたく短い羽の揚力と推進力には、空気力学の標準的なツールは使えません。その秘密が、羽の前縁渦の効果にあったことまでは発見しましたが、まだ全体像は謎のままです。
本書では、偏光で方向を知るミツバチ、低音で誘惑するクジャクなどの話題が続きます。しかし動物たちの行動は、物理学の実験などのアプローチだけでは、生物の複雑な実態まで迫ることは容易ではありません。物理学と生物学のさらなる融合が求められています。「了」