排出量取引制度

Ⅰ.【基本的な制度】の成立経緯と考え方。
・京都議定書の交渉過程において、アメリカは、自国の火力発電所における
 亜硫酸ガス(SO2)の排出削減制度において、成果があったとされる、
 『キャップ&トレード』の制度を、(日本語訳で「排出量許可枠と取引」)
 炭酸ガス(CO2)+温室効果ガス(6ガス、フロンなど)の排出削減の
 国際条約にも適用すべきだと、要求してきた。

・日本、および、欧州などは、実質的な削減を優先するべきだとして、
 当初は導入に反対した。(ほとんどのNGO,NPOは、反対した。)
 しかし、アメリカの参加を是非とも実現する為に、要求を受け入れて、
 京都議定書の締結時に、共同実施(JIと呼ぶ)と、クリーン開発メカニズム
 (CDMと略称)の制度を盛り込んだ。

・その後、アメリカは、ブッシュ政権において京都議定書を離脱してしまい、
 議定書締約国間で、何年もかけて、この制度の扱いをどうするか協議を
 重ねて、国連が管理する制度として発効した。
 2008年から2012年の削減量約束期間においての法的拘束力を取り決めた。

【京都議定書】においては、各国に課された排出削減量にたいして、排出量を
容認する許可枠として定義し、各国が【温室効果ガスを排出する権利】ではない。
と合意をしている。
従って、国際的には、【排出権取引】と言う用語は存在しない。
日本政府および公的機関の用語は、すべて『排出量取引』に統一されている。

・共同実施(JI)は削減義務量を負った国同士の交渉で、排出削減効果の
 取り分を交渉により取引するもので、二国間の間でのお金の流れになる。
・クリーン開発メカニズム(CDM)は、排出削減枠を持たない途上国において、
 削減効果があったと認められる案件に、国連がお墨付きを与えて、排出量の
 削減分を義務量に参入できる制度である。

問題は、この制度を国内の排出削減に取り入れて、
【市場取引制度を活用することで、排出削減が促進される】という考え方があり、
主として市場経済を(崇拝思想もあって)つかった、お金の有効な使い方になる。

これは、2000年代の前半においては、一世を風靡した考え方で、その結果は、
今の世界情勢が混とんとしている状況にも表れている。

国際間の2国間と国連を介した、不正の入りにくい制度に対して、
国内間の多数の企業、組織間の削減量を、適正に把握して、公正な取引制度に
載せることができるのか、大きな課題を抱えている状況である。

【国内排出量取引制度】は、いまだに、うまくいっている実例はなく、どこも
手探り状態で、試行期間に留まるところが大半である。

Ⅱ.「国内排出量取引制度」を提案する側の考え方。と批判側の論理。

 炭酸ガス(CO2)+温室効果ガス(6ガス、フロンなど)の排出削減、
に対する政策的な制度として、
 ・再生可能エネルギーによる発電電力の固定価格買取制度。
 ・温暖化対策税。(環境税、または、炭素税とも呼ばれる。)
 ・国内排出量取引制度。
以上の3っつの制度が、議論の俎上にあがっている。

このなかで、もっとも議論が紛糾しているのが、「国内排出量取引制度」
である。
なぜ、そんなに揉めるのかは、分っている範囲で書いていきます。

この制度の狙いは、排出量に総枠(キャップ)を科すことで、目標の削減量を
強制的、数値的に追いかけることができることです。
一部には、計画経済的であるとの指摘もあって、計画段階に官僚の手腕、
能力が必要であり、詳細な制度設計と管理、監視の仕組みが必要になってくる。

市場取引制度は、公正で透明性のある情報と数値の開示が不可欠であり、
それができない状態での取引制度は、不正と不公平がマカリ通る世界になる。
「国内排出量取引制度」に批判的であったり、反対している人たちは、
・制度の設計が不備である。
・制度ができても、監視、管理体制が不十分である。
・監視、管理体制ができても、そのための経費、コスト負担が大きい。

これらの理由を挙げて、「排出量取引制度」は経済活動に支障をきたす。
として反対しています。

Ⅲ.「排出量取引」の要、初期配分の制度『キャップのかけ方』

・取引制度と呼ばれるが、実は、『キャップ』の方が重要問題である。
 
 日本語訳になると、排出総量枠の設定がどこに行ってしまうのか、ボケるが、
 「英名」では『キャップ&トレード』で、排出総量枠の設定、いわゆる
 「初期配分」と呼ばれる、排出枠を設定する段階が重要である。

・この「初期配分」には、各種の考え方があって、入り乱れているので
 整理が難しいが、あえて、次の様に区分している。

 ・「有償割り当て」
 ・「無償割り当て」
 ・「オークション方式」(入札方式)

 さらに、割り当てのルールには、各種の考え方、方式、が混在していて、
 大きくは、次の様に整理される。

 ・過去の実績排出量をもとに削減目標量を割り当てる。
 ・過去の原単位(活動量当たりの排出量)をもとに、改良目標を設定して割り当て
る。
 ・業界の平均的な(または、トップランナー)のレベルを目標として、
  低いレベルの企業には、厳しい削減量目標で割り当てる。

この様に、自社のレベルや過去の数値次第で、厳しい削減量『キャップ』が
課せられた場合には、経営上において、大きな不利をこうむる。

この議論になかで、もっとも公平性のあるのは、「オークション方式」で
あるとの提案が、多くの経済学者から出されている。

Ⅳ.「国内排出量取引制度」のキャップのかけ方に議論。『オークション方式』

炭酸ガスの排出(温室効果ガスを含む。)において、企業活動の排出に
『キャップ』を懸けることが、問題の始まりである。

このかけ方において「オークション方式」(入札)という呼び名は、耳慣れない
ので、少し説明を追加してみる。

日本の炭酸ガスの総排出量は、2008年度において、12億8000万トンであった。
これを2013年以降の削減目標によって、仮に2013年度の排出量を、
10億トンに削減する目標を設定したとすると、
エネルギーを使用する企業に対して、排出量お割り当てる、「排出許可枠」を
政府が売り出すことになる。

炭酸ガス排出のもとになる【炭素を含有している燃料】に対して、輸入事業者が、
排出許可枠を保有しておく必要がある。
つまり、電力会社やセメント会社、化学工業会社など、化石燃料を大量に消費する
企業ほど、大量の「排出許可枠」を入札によって買取って事業をしなければ、
ならなくなる。

日本全体で10億トンに制限する場合、今までに12.8億トン分の化石燃料を
消費していたので、そのままの活動では、2.8億トン分が消費できなくなる。

削減できる見込みの立たない企業は、過去の実績に近い「排出許可枠」の量を
購入する為には、買取り価格を高めに設定しなければ、目標の「排出許可枠」を
獲得できなくなる。
削減が進んだ企業は、排出量を少な目に見込んだうえで、入札価格は低い数値で
設定したいところであるが、他企業との関係で、どうするか迷うことになる。

つまり、企業活動にとって、重要な経費となる、「排出許可枠の量と価格」が、
不確定な要素となって、経営活動のリスクを増加させる。

この様に企業の判断を重視して、経営活動の一貫に「炭酸ガス排出の経費」を盛り
込ませることを狙うのが、「国内排出量取引制度」の「初期配分・オークション方
式」
の狙いである。

だが、これは多くの企業経営者にとって、経営活動の不確定な要素が大きくなり、
事業活動の経費が増加するので、経営を圧迫することに、大きな不安を抱く。

そして、産業界は『国内排出量取引』制度の実現には、反対の声、1色となる。

それならば、入札などい言う、不確定な要素を取り除いて、
官庁が、排出枠を各企業に割り当てる、「初期配分」によって、排出許可枠を
決めていけば良い。とする代替策が出てくる。

Ⅴ.『国内排出量許可枠』の初期配分を、官庁が決める『割当方式』。

「排出量許可枠」を企業側の判断に委ねる、「オークション方式」は、企業活動
にとってリスクも負担も大きくなるから、あらかじめ、価格(無償の場合も含む)
と数量を企業別に割り当てて配分する制度が、広く議論の対象となる。

この割当てのルールを、公正に、公平に、透明性を持って決めることが、
この「初期配分・割当方式」の要に課題であるが、これが合意できる見込みは、
全くたっていない。

まず、過去の排出実績に対して、一律に削減量を割り当てるルールとする。
12.8億トンの炭酸ガス排出を、10億トンに減らす為には、平均して22%の
削減率を各企業に課すとすれば、公平に見える。

しかし、これは、基準年(この場合は、2008年実績の12.8億トン)に排出が、
景気悪化の影響で、少ない排出量であった業界と、影響を受けなかった業界の
あいだで不公平感が出て、まとまらない。

また2008年までに着実に省エネルギー化や再生可能エネルギーを導入してきて、
社会的に貢献してきた企業に対しては、その状態からさらに一律に22%の
削減を強いることになる。
これは、「正直モノがバカを見る」という、典型的な愚策になる。

それゆえに、業界間の差異や、それまでの企業努力を一切無視した、一律の
削減目標による割当は「愚策の典型」として、各方面から拒否反応を受ける。

それを考慮に入れた「初期配分・割当の基準」を、多くの業界、企業の納得を
得られる「裁量の余地を持たせた初期割当」が、現在の要の議論となっている。

その具体策として、原単位(生産量当たり、事業規模当たりの排出量)を基準に、
排出量許可枠を割り当てる制度が検討されている。

では、どうやってその数値をだしていくのか?
環境省の案と東京都の案が、どのように考えられているのか、理解する必要がある。

その上で、「国内排出量取引制度」の中身、問題点を把握していく。
ここにも、多くの問題点、課題が潜んでいる。

Ⅵ.「国内排出量取引」の実施段階における課題。狙いは適切に働くか。

 「初期配分」の問題は、一応、クリアーできたとして、各企業には、
当局(東京都、国の場合は、どこになるか?)から、目標年度の
「排出量許可枠」が割り当てられて、事業が遂行される。

これを年度末に集計して、「温室効果ガス」の排出量実績を当局に提出する。
これが、「排出量許可枠」の中に収まれば、OK。
排出量をオーバーしたとなれば、他企業から、「排出量許可枠」を買取って
補う必要がある。

ここで、その取引を仲介する事業者が乗り出してくる。
その売り手と買い手の需給関係で取引価格が決まるが、当然、取引手数料が
上乗せされる。

当局の狙いは、取引制度の活発化ではなく、『キャップ』をかけることで、
企業が目標の排出量枠以内に抑える為に、「省エネルギー設備」の導入や、
「再生可能エネルギー電力」の購入など、本質的な分野を追求してもらう
ことを促進する為に制度を創って運用している。

しかし、取引を仲介する事業者にとっては、それよりも、取引量が活発化して、
取り扱い手数料が増えることが目的である。
そのために、企業に対してあらゆる手段を講じて、年度内の排出量を減らす
ことを支援する事業を展開する。

その手法はいろいろと考えられるが、ひとつの解りやすい事例として、
事業活動を(内容を明らかにしないで)縮小していくことがある。
同じ製品を造るにして、構成する部品を外注にだして、部品を購入に切り替え
れば「炭酸ガスの排出]につながる活動が減るので、年度末には削減になる。

また、事業活動の一部を他の地域に移せば、人も減らせて事業活動が減るので、
これも「炭酸ガス排出」の削減になる。

これが東京都にある企業が、他の県(排出量取引制度を実施していない地域)
に移して排出削減を実施するならば、日本全体としては、削減にはならない。
だが事業活動が国内に留まるならば、東京一極集中を緩和することに寄与する。
経済活動の平準化に貢献する効果?も期待できるが、本質的な狙いとはずれる。

日本全体に及ぶ「国内排出量取引」が実施されれば、同じ様なことが、
海外への事業移転の形で進展していく。
日本の経済活動は、どんどん縮小して「炭酸ガス排出量」は削減されるが、
同時に、生産やサービスの活動が海外に移転することを加速する。

これは、「国内排出量取引」を実施する狙いとは大きく外れるので、
なんとしても防止しなければならない。

方法としては、国内における事業活動の(基準年における)詳細な状況を、
当局が把握しておいて、実質的な削減と「見かけ上の削減」をキチンと
区別をして、「排出量許可枠」との整合性を審査しなければならない。
しかし、これには膨大な事務量の増加が予想される。
当局としても、不正を見逃すわけにはいかないから、人員を増やしてでも
(または、外注してでも)この「排出削減量」の不正を管理する体制を造る
必要があり、当然、管理経費は増加する。

この様に、どのように制度を設計しても、取引事業の発生と排出量管理の
制度は、充実しなければ成り立たないことは明らかである。
この経費は、当然、企業活動の負担に回ってくる。

しかし、管理当局と取引仲介をする事業者は、「国内排出量取引制度」の
実施により、間違いなく、仕事量が増える。
当局は管理する権益と財源が増えるし、仲介業者は手数料収入、
コンサル収入が発生するので、実施に前向きになるのは当然である。

この経費の増加を、必然と見るかどうかで、「国内排出量取引制度」の
是非が問われている段階である。

「注」この様な収益を圧迫する制度には、産業界がこぞって反対している。

Ⅶ.「国内排出量取引制度」は、事業の海外移転を加速する。

 初期配分と実施における諸施策において、公平性を保つことが課題であるが、
正常な企業活動に制約をかけることはできない。

取引制度の前提となる、『キャップ』をいくら、理論を駆使して正当化しても、
企業活動の自由が保障される方が優先される。

『キャップ』を懸けられた企業が、自社の経営計画に従って、製品の製造を
海外工場に移転することは、頻繁に起きる。
炭酸ガスの排出削減が目的ではなく、生産活動の合理的な選択によって、
グローバル経済化した世界の市場に対応するのが、企業の根本的な活動である。

現在は、人件費の有利さによる海外移転と、円高傾向による為替変動の影響を
緩和する為の経営方針によって、海外への工場移転が盛んになり、
その分の国内生産の縮小によって、地域経済の停滞、雇用の減少が問題と
なっている。

これに加えて、地域に立地して地元経済に恩恵をもたらしている企業が、
「国内排出量取引制度」の実施によって、経費の増加を強いられるので、
経営計画の中に、経費増のリスク回避を検討対象に入れるのは当然である。

つまり、人件費、為替変動、に加えて、国内排出量取引制度実施の要因を
加味して海外への展開計画を検討、評価する。

今でも、円高によって、国内の製造業の空洞化に拍車がかかると、政界、財界が
大騒ぎをしている状況で、それに輪を懸ける『キャップ』は、責任をもって、
実施しようという主体者は少ない。

産業空洞化に対する責任のない「環境省」と「東京都」が熱心な状況である。

それに抗して実施したとしても、海外への生産移転は、炭酸ガス排出削減には、
一切効果がなく、むしろエネルギー効率が悪く、生産単位当たりの炭酸ガス排出量
が多い国に移転すれば、世界全体としては排出量は増える。

以上の様な議論の上で、「経済産業省」と「炭酸ガス排出の多い産業界」の代表
からは、強硬な反対論が出されている。

それでも、『キャップ』をかけなければ、産業界は何もしないで、今までのまま、
炭酸ガス排出削減をポーズの段階に留めてしまう。
このままでは、日本の削減が進まず、世界をリードする「省エネ産業」「再生可能
エネルギー産業」など、育つ環境になっていかない、と主張する「環境重視派」の
識者と「NPO」団体の主張が、ぶつかりあっている状況である。

炭酸ガスの削減に効果があるかどうか、これだけの問題にとどまらないのが、
「国内排出量取引制度」の複雑な議論の状態である。

情報提供   渡邊雅樹

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