バイオマスアルコール、その善なるもの悪なるもの 廣谷 精

 バイオマスアルコールはそのまま自動車用燃料として、あるいは、ガソリンに混ぜて使われており、3%混ぜたものがE3,10%混ぜたものがE10である。バイオマスアルコールは植物が光を利用して空気中の炭酸ガスを葉緑素で固定したバイオマスから造られ、元は炭酸ガスである。したがって自動車用燃料として利用し、炭酸ガスを発生させたとしても、元は炭酸ガスであるから炭酸ガスの総量は増えない。このような極めて単純明快な考え方から「カーボンニュートラル」と云われ、この名前をいただいている。そして官僚も政治家もマスコミも経済界も「カーボンニュートラル」という魔法に踊らされている。学者は間違いに気づいているが、訂正しない。「バイオマスアルコールはカーボンニュートラルである」という言い分の一体どこが間違っているのか。それは植物からアルコールを造るために莫大な化石エネルギーが使われているからである。あるいは現状では莫大なエネルギーを使う技術しかないと言うべきかもしれない。

サトウキビ、トウモロコシ、小麦、大豆を問わず、農薬を撒くには化石エネルギーが使われ、集荷のためにも化石エネルギーが使われる。イネワラ、間伐材ではなお更のことである。原料の搾汁、粉砕には電気が使われるが、発電には化石エネルギーが使われる。セルロースを原料とする場合は糖化工程および糖度を高める工程が必要であり、そのために蒸気と電気が使われる。発酵工程には装置の殺菌が必要であり、これにも蒸気が必要であり、蒸気をつくるために化石エネルギーが使われる。発酵液(ブロス)のアルコール濃度は8%程度であるが、自動車用燃料に使うためには99.5%以上まで濃度を上げる必要があり、膜を使う方法や蒸留する方法があるが、いずれにしても蒸気が、そして究極的には化石エネルギーが必要である。また、廃液の処理にも蒸気と電気が必要になる。以上のように、バイオマスアルコールの製造には多量の化石エネルギーが必要であり、炭酸ガスの発生を伴う。そして、問題は、バイオマスアルコールを造るために発生する炭酸ガスのほうが植物が吸収固定した炭酸ガスよりも多くなってしまう可能性があるということである。

炭酸ガスを発生するのは化石エネルギーのみではない。発酵という生化学反応自身が炭酸ガスの発生を伴う。また、バイオマスからアルコールに変換出来なかった部分(トウモロコシであれば芯や茎などの未反応バイオ)は昆虫、微生物によって分解され、やがて炭酸ガスになることも計算に入れる必要がある。

セルロースの糖への転換には大量の硫酸が使われる場合がある。その中和には消石灰、生石灰が使われるが、消石灰、生石灰を製造するためには石灰石を焼く工程が必要であり、その際には大量の炭酸ガスが発生する。

化石エネルギーの使用量を減らすための多くの検討がなされているが、なぜバイオマスアルコールを造り、使用するのか、「真の目的」を今一度よく考える必要がある。「真の目的は云うまでもなく温暖化防止」のはずでありこのことを再認識しなくてなならない。バイオマスが吸収固定した炭酸ガスの量より、アルコールを製造するときに発生する炭酸ガスが少ないものは「善なるもの」、多いものを「悪なるもの」と定義したい。すべては「炭酸ガスのインプットとアウトプットで決められるべき」である。

いろいろなプロジェクトを実施する、あるいは実施しようとするひとの話を聞いても、研究者や学者の論文を読んでも、収率やアルコール濃度の話ばかりである。企業の場合、最大の関心は製造コストであり、製造に要する化石エネルギーと出来たアルコールのエネルギーとの比較である。企業としては必要なことではあるが、温暖化防止のためには役立たない。収率やアルコール濃度やビジネスの話以前に「善なるもの、悪なるもの」の話がなければならないはずなのに、残念ながら吸収した炭酸ガスの値と製造に際して発生した炭酸ガスの値をきちんと対比して掲載された文献を見たことがない。この極めて大切な値が公表されない現実は、研究者も学者も温暖化防止を忘れ、開発や製造など、目先の課題ばかりに注意力を集中しているのではないかと危惧する。

バイオマスアルコールは今話題のテーマである。自動車用燃料として一般の人たちが利用する可能性がある。それだけに、さまざまなプロジェクトで造られたアルコールには、吸収固定した炭酸ガスの量と製造時に発生した量を公表し「なるほど温暖化防止に役立っている」と納得していただく必要がある。筆者の簡単な計算では、我が国のさまざまプロジェクトで造られたバイオマスアルコールは製造時に発生する炭酸ガスの方が多いケースがほとんどで、温暖化防止に役立っていないという結果になってしまった。勿論、詳細な製造工程は機密であり公表されていないので、筆者の計算では推定値を使わざるを得なかった。われわれが利用するバイオマスアルコールが「本当に地球温暖化防止に役立っているのか」を確認するためにも、関係者は公表する義務がある。そして「悪なるアルコール」を「善なるアルコール」にするために全力で取り組んでほしい。

「善なるアルコールは使いたいが、悪なるものは使いたくない」 (廣谷 精記)

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