- なぜ日本のサクラは美しいか - 山と渓谷社ヤマケイ新書、2015年8月刊
著者は、東京都生まれ、木をこよなく愛する樹木医・森林インストラクターです。NHKや朝日、読売ナなどのカルチャーセンターの講師として活躍し、親しみやすい自然解説は好評で、岩波ジュニア新書などもあり、本書ではその語り口を縦横に展開しています。
縄文人は、1万年を超える長い時間を、森とともに暮らしてきました。すでに言葉を話し、木を使った加工技術を持っていましたが、集落間の争いは全くありませんでした。森の恵みを最大限に活用して、豊かな狩猟・採集生活をしていたのです。その植物についての知識は、現代の私たちよりもはるかに深かったことでしょう。それは大和言葉にも表れて、植物の芽・花・葉と、ヒトの目・鼻・歯が見事に一致しています。植物は生活の糧でした。
本書では、樹木の特性を簡潔にわかりやすく解説しています。樹木は、樹高によって高木・亜高木・低木に、また光合成する葉のつき方で常緑樹と落葉樹に分かれますが、ともに根が重要な働きをしています。養分や水分を吸い上げるとともに樹体を支えます。根の先端は、生長しながら養水分を取り入れますが、そこには共生する菌根菌の働きがありました。
樹木は、それぞれ個性的な戦略を展開しています。オニシバリは、ジンチョウゲの仲間の低木ですが、一般の落葉樹と異なり、冬に葉をつけて夏に落葉します。落葉樹の林の中で、夏の間は高木に光を奪われるため葉を落として休眠し、冬の明るくなった林間で葉を広げて光合成するのです。名前の語源は、樹皮の繊維が鬼を縛るほど強いところからきました。日本固有種で、日本の自然環境の中で独自の生き方を選んだのです。桜餅の香りは、オオシマザクラの葉にあるクマリンによりますが、これはサクラの菌や害虫への防御物質でした。
ソメイヨシノやツツジなどの園芸品種は、江戸時代の参勤交代が大きく貢献しています。諸藩の江戸屋敷では国元の花木を育て、将軍に献上したり、互いに交流して楽しんだのです。
本書では、各種の樹木について、歴史的・科学的に詳しく解説し、さらに最新の話題に触れています。鎌倉八幡宮の大イチョウが、2010年3月10日に突然倒れました。直径2mの幹はほとんど空洞化していました。太い根も腐っていたのです。樹齢は約700年でした。
ブナでは、箱根の函南原生林の巨木が最大でした。これも2005年7月に倒れましたが、やはり幹はボロボロになっていました。現在は、秋田県象潟の湿原にあるアガリコ大王が日本一です。ブナの仲間は北半球に広く隔離分布していますが、白神山地などで資源量はやはり日本が最大です。欧州のブナは、氷河期を乗り越えて生育してきました。紙ができるまで木片に文字を書いていたので、英語でもドイツ語でも本が語源になっています。ブナの実は栄養価が高く、生で食べられます。数年おきの大豊作では、クマの子供が増えました。ブナの林は、緑のダムとも呼ばれますが、もともと保水力のある土壌の優先種でした。それが落ち葉なども加わって、一層保水効率を高めているのです。こんな楽しい話題が満載でした。
著者は、縄文人から受け継がれてきた文化を、ぜひ後世に伝えてゆきたいと強く願っています。本書は小冊子ながら、「木を知り、木に学ぶ」良い手がかりを与えてくれました。「了」