「もしも月がなかったら」ニール・F・カミンズ著 2018年3月1日 吉澤有介

- ありえたかもしれない地球への10の旅 -  竹内均監修、増田まもる訳、東京書籍2010年年10月刊                           

  著者は米国メーン大学の天文学・物理学の教授で、スパコンによる銀河系モデルの研究をしています。本書の初版は19997月で、この異色な思考実験は、多くの読者をとらえて版を重ねてきました。地球の歴史を知るためのよい手がかりになるでしょう。
 太陽系のすべての惑星は、もとは無数の宇宙塵で、46億年前、新たに形成された太陽の周りを円盤のように公転していました。これらの宇宙塵は衝突を繰り返して次第に小さな塊になり、やがて現在の地球のあたりにあった目立つ塊が、引力によって周囲の塊をひきつけて地球ができたのです。同じようにして他の塊がそれぞれの惑星に育ってゆきました。
 地球が形成されたとき、月は存在しませんでした。しかし間もなく火星ほどの微惑星が、異常な楕円軌道で地球の軌道と交差し、衝突してしまったのです。わずか数分で、地球の外層が地殻やマントルとともに剥ぎ取られ、そのかけらは地球の周りに巨大な輪をつくり、次第に凝集して月が形成されました。地球も大きく傷つき、修復には数億年もかかりました。しかし微惑星の軌道がもし10㎝ずれていたら、地球を4万㎞も離れて通過したはずです。
 その月のない地球を、ソロンと名付けて想像してみましょう。破壊されなかったソロンの地殻は冷えて最初の海ができますが、その潮汐は太陽の引力だけによるので、現在の3分の1程度になります。そのため当初の自転速度6時間が、45億年後でも8時間、1年は1095日になります。月の引力がない分、自転速度が減速しないのです。木星・土星も同じです。
 自転速度の速いソロンには、猛烈な風が吹いて、その風速は80mを超えます。海洋の波も高く、浸食も進みます。マグマの対流も大きく、磁場が地球の3倍になり、太陽風の粒子を遮り、大気の組成に影響します。大気は金星に似て、ほとんどがCO2で、質量は地球の100倍はあるでしょう。ただ潮汐が少ないだけ海洋運動が小さく、生命の誕生はかなり遅れて、海水に溶けたCO2を消費し、炭素化合物と酸素に変換してゆきます。もともと密度が高かったので、大気は濃厚で気温も高いでしょう。やがて植物などの生物が出現します。
 しかし地球の生物とはかなり違っています。なにしろ風が強い。倒れたり飛ばされたりしないための構造が発達します。人類が生まれても、言語が使えるでしょうか。最も深刻なのは、生物時計サイクルを日周8時間に合わせることです。それに月の満ち欠けがないので、暦の感覚もなくなるでしょう。生物にとって、ソロンの環境は厳しいものになるはずです。
 本書では、さらに「もしも月が地球にもっと近かったら?」、「地球の質量が小さかったら?」、「地軸がもっと大きく傾いていたら?」、「太陽の質量がもっと大きかったら?」、「地球の近くで恒星が爆発したら?」、「恒星が太陽系のそばを通過したら?」、「ブラックホールが地球を通り抜けたら?」、「可視光線以外の電磁波が見えたら?」、そして最後に「もしもオゾン層が破壊されたら?」と問いかけています。それぞれが豊富なデータをもとに、カオス理論によるシミレーションで答えたものです。地球は何と幸運だったのでしょう。「了」

 

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