東海大学出版部、2017年12月刊
著者は、玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター教授です。人類は古代からミツバチと付き合ってきました。ミツバチは私たちに多くの恵みをもたらしています。しかし最近はミツバチの大量死が大きな話題になりました。ミツバチの研究は、今なお世界中で盛んに行われ、その最前線では驚くべき成果が相次いでいます。
ミツバチは、集団で「社会」を作って生活する社会性昆虫で、世界で9種が存在しています。日本には在来のニホンミツバチがいますが、明治以降にセイヨウミツバチが養蜂のために導入され、飼育が容易で研究も進んでいるので、現在はこちらが大半になりました。
ミツバチは、一匹の女王を中心にコロニーをつくって生活していますが、そこでは多数の働きバチが労働を、女王と少数のオスが繁殖という分業が、リーダー無しに効率よく行われています。働きバチは羽化してまず最初は巣房の清掃をします。コロニーはものすごく人口密度の高い都市のようなものですから、さまざまな老廃物が多量に出ます。放置したら病気が発生して大事になるので、この清掃は極めて重要なのです。次に巣の中心部にいる幼虫の世話をします。卵や蛹や幼虫の育児を献身的に行うのです。また成虫の女王の世話をします。若い働きバチが、自ら分泌するローヤルゼリーを口移しで与えて女王に育てるのです。さらに採餌から戻ったハチから蜜を受け取り、口移しに次々にリレーして巣の外側にある巣房に貯蔵します。その過程で蜜の水分を飛ばして濃縮するのです。そして巣内の温度を一定に保つよう羽を動かして扇風・換気をします。また巣の建築、修理も彼らの仕事です。門番も重要な役目で、他のコロニーのハチの侵入を監視しています。盗蜜は許さないのです。
働きバチの寿命は約1か月で、おおよそ20日齢までを上記の順序で内勤し、それからいよいよ採餌に出動します。つまり高齢になってはじめて外に出る「日齢分業」をするのです。これは外勤には様々な危険が伴い、死亡率が高いことで、若い労働力を守る知恵なのです。
著者は、このようなミツバチの世界に魅せられて研究者になりました。本書では、その道筋が詳しく語られています。まず玉川大学農学部で初めて出会い、卒論にミツバチの門番がいかにして巣の仲間と非仲間を見分けているかを観察し、実験で確認しました。そのまま研究室に残っていたらJICAの青年海外協力隊に誘われ、フィリッピンで2年半の養蜂実務の貴重な体験をします。大学院では女王の跡目争いに着目しました。コロニーが大きくなると、女王が約半数の働きバチと出てゆく分蜂で、残った巣を相続する新女王の座を巡って、複数の女王候補の間に壮絶な戦いが起こります。その行動ルールを実験的に解明しました。
ミツバチの尻振りダンスはあまりにも有名です。1973年のノーベル賞になりました。その言語については、今なお新発見が続いています。著者も大きな貢献をしました。採餌バチは、あらかじめ必要な燃料の蜜を積んで出動します。その報告で追従バチは、それよりやや多い蜜を積んで出ていました。その場合の情報の確度と燃料効率最適化を、実験で確かめたのです。ポスドク時代の苦労も報われた、生物学研究者の素晴らしい旅の物語でした。「了」