ロンドン便り その40
英国の約2600万戸の住宅ストックは(表1)の如く60%が築後50年以上経った古い住宅(あえて長寿命住宅と呼ぶ)です。英国の住宅は一般的にレンガ造りで屋根や床、階段の構造体には木が使われています。持ち主が自分の一生の間にメンテナンスを行って次世代に継承しているので、ほとんど朽ちることなく平均寿命141年(グラフ1)の長寿命住宅です。しかし、冬季の湿度の高い気候は、住宅の木の外気に触れ易い部分や、不十分な断熱による結露によって、徐々に木の腐食が進行し構造体をも危険にさらしかねず、国も長寿命住宅の、この一連の問題解決を担う民間の専門家団体をバックアップしています。
(表1)英国の住宅ストックの築年数
築年 占有率(%) 戸数(千戸)
1851年以前 3.8% 1,000
1851年 - 1918年 15.8% 4,080
1919年 – 1944年 18.9% 4,900
1945年 – 1964年 21.7% 5,600
1965年 – 1984年 24.9% 6,400
1985年 - 1994年 7.4% 1,900
1995年以降 7.3% 1,860
総戸数 25,740
出所:Servey of British Housing 2006/2007
(グラフ1)住宅の平均寿命の国際比較
出所:(財)建築環境・省エネルギー機構、UN「Annual Bulletin of Housing and Building」
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その一つが1930年に設立されたBritish Wood Preserving Association(BWPA) と言われる住宅に使われる木材の劣化防止対策を行う業者の団体として発足し、その後、変遷を経てサブ団体としてProperty Care Association(PCA) が設立され今日に至っています。
PCAは政府はもとより建築業界、不動産業界、不動産鑑定士協会、住宅協会、地権者協会、消費者団体、弁護士協会、地方自治体等のバックアップを受け、住宅の湿気や結露、カビ、白蟻による木材部分の劣化や腐蝕、構造体レンガの吸湿の問題、さらにこれらから引き起こされる健康問題に専門家集団として早くから取り組んで来ています。
PCAは本部をケンブリッジ州に置きその活動は活発で長寿命住宅の湿気や結露、カビ、白蟻の問題解決がいかに大切かの啓蒙活動を主体にし、次の4つの目標を掲げています:-
・Damp Proofing(全ての湿気、結露、防水対策)
・Timber Preservation (木材の劣化防止対策)
・Structural Water Proofing(構造体の湿気、結露、防水対策)
・Structural Maintenance(構造体の保守点検)
また実際の対策を実施する業者向けの下記の資格制度の元締めとして、そのトレーニング、資格試験そして監視活動も行っています :-
・CSRT(Certificated Surveyor in Remedial Treatment)住宅問題解決の専門家
・ASRT(Assessed Surveyor in Remedial Treatment) CSRTの上級資格でCSRTの監視を行う
・CSSW(Certificated Surveyor in Structural Waterproofing) 構造体の湿気、結露、防水対策の専門家
トレーニングは:-
・湿気と結露対策コース
・湿気のモニータリングコース
・木材の防湿と腐食防止コース
・構造体の防水技術コース
・CSRT資格取得コース
・ASRT資格取得コース
・CSSW資格取得コース
等多岐にわったています。
技術部門では、次々と新しい解決方法の開発も行っており、その中でも、重要な対策方法の一つがDamp Proof Course(DPC)と呼ばれる防水対策法で,古くは、ローマ時代からの 石壁の防水対策で、地表に近い石にスレート石(薄い板状の石)を入れる方法が基本となっています。現在でも地表から15cm高のレンガの層に防水シートを入れる事が建築基準で 義務付けられています(写真1)。防水シートがなんらかの理由で穴が開き、機能しなくなった場合は、地表15cm高のレンガ層に等間隔で穴を開け速乾性のシリコンを注入する技術や、その他、内壁の結露、敷居や窓の下枠の腐食問題等の対策方法も、確立されています。
従って、長寿命住宅の持ち主は、これらの一連の問題に直面した時は、PCAのホームページを開いて、CSRT資格を持った皇室御用達の業者から街の業者まで様々な業者の中から問題に応じて、最寄の業者を選択する事が出来ます。
(写真1)築後60年の住宅の外壁レンガの地表から15cmに入っている防水シート、防水シートの下のレンガは湿気を吸って変色しているが、上のレンガは変色なし。
英国は1980年代から政府の呼びかけで長寿命住宅の木製や鉄製の窓枠をPVC枠のペアガラスへの交換、天井裏断熱、外壁のキャビテイ(外壁レンガと内壁レンガの約8cmの空間)の断熱剤注入(外壁にキャビテイがない場合は外断熱工法の施工)の3点セットの省エネ対策が急速に進んでいます。今では住宅ストックの70%は断熱対策が実施済みです。(グラフ2)その結果、特に長寿命住宅の結露の問題が大幅に改善さています。また、1990年中頃から、新築住宅での24時間換気装置の普及が始まり、適度な湿度を保つことが出来る様になり、更に、2013年からは熱交換型24時間換気装置の取り付けが建築基準法で義務付けられたことで、省エネ運転をしながら、住宅の室内環境がますます改善されています。
(グラフ2)英国の住宅の断熱状況の進捗状況
外壁(キャビテイあり)天井裏断熱(125mm以上)外壁(キャビテイなし)の断熱
出所:DECC(エネルギー・気候変動省)
更に、低所得者層や高齢者の長寿命住宅に対して、政府主導で地方自治体が積極的にこれら住宅の省エネ対策を進めています。例えばロンドン市イーリング区では、下記のような対策を行っています:-
・70歳以上の高齢者住宅の天井裏の断熱化と外壁キャビテイの断熱は無償
・ 70歳以上の高齢者住宅の旧型窓のPVC枠ペアガラスへの交換に補助金
・ 全ての住宅の15年経った給湯・暖房システムの買い替え促進で補助金
・ 低所得者に対して、給湯・暖房システムの無償供与
この様に昔から英国は満遍なく長寿命住宅の基本的な問題解決や省エネ対策を進捗させています。そうでなければこれだけの、長寿命住宅のストックが今日にその佇まいを保つ事は困難であります。ここで注目したいのは、平均寿命が141年の長寿命住宅を多くストックしている事だけではなく、長寿命住宅の外観を揃え、電柱の地中化、街路樹と歩道と街路灯をセットにした街並み、更に自治体による看板の規制や、増改築や庭の樹木の伐採の制限を含めた、佇まいを守る為の様々な施策であります。それが100年以上も前から粛々と進捗させてきたことです。これは突き詰めれば、国民の財産を守り将来世代に引き継がせることによって、将来の住宅を含む街造りに係わる国の無駄な出費を抑制することになり、究極の財政削減策の一つでもあると言っても過言でないと思います。
翻って、日本の現状を見ると住宅の平均寿命が30年と言うのは、スクラップアンドビルドを繰り返していることであり、この為に、膨大なお金を注ぎ込み、エネルギーを消費し、CO2を排出していることにもなります。国民が住宅ローンを組んで夢のマイホームを建てても30年後には、建物の資産価値が限りなくゼロに近づくのはな空しい話です。
とにかく、現状の行き当たりばったりで継ぎ接ぎの施策では、何時まで経っても、住宅は寿命が短く、外観も建て方も、高さもバラバラな住宅に、歩道もなく、電柱の林立と看板のあふれる極めて醜い街並みを、将来の子や孫達に残していくことになるのです。あまりにも長い年月を経た住宅をかかえる英国と、あまりにも短い年月しか経ていない住宅をかかえる日本では古さの尺度の違いに戸惑いがありますが、日本の為政者は本当に国民の 豊かな生活と、住環境を整えたいと願うのであれば、長寿命住宅と街並みを含めた住環境を整えている英国の様々な施策を、躊躇することなく取り入れるべきだと考えます。(了)
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荒川さん
素晴らしい、内容の大きな、精力的に調査されたロンドン便りをいただき誠にありがとうございました。英国の長寿命住宅がいかにして達成できたかの背景、多くの人々が長期にわたり大変な努力をして達成したかが理解できました。また数々の具体例、建築屋として大変参考になりました。なにより私は木造300年住宅を考えてますのでいろいろなヒントをいただきました。最終5ページの荒川さんの主張は正鵠を射たもので日本の為政者に読んでもらいたいです。前回の電線地中化でもいろいろとお教えいただきありがとうございました。重ねて御礼申しあげます。日本では景観法が2005年にやっと施行されました。自然は美しいが無神経な人工工作物が多すぎます。英国の良いところはどんどん取り入れるべきと思います。
先日のセミナー“日本の資源・・・森林が日本を救う”は参加者120名余で大変盛会でした。
日本の森林、林業の再生をいかに行うか、私の持論を述べさせていただきます。
3本の柱からなります。
①木造住宅が健康に一番良い
それはマウスの実験、諸文献および私の体験から確信してます。一方国家予算の医療費、介護費はすでに50%の40数兆円に達し、2025年には85兆円との試算もあります。住宅は無論ですが学校、病医院、公共施設、事務所などをはじめ木造化して健康増進すべしと思います。
その結果
1.高齢化社会時代をより健康な人生が送くれる
2.国家財政の健全化
3.日本の森林、林業の再生の一石三鳥の効果があります
②住宅寿命の延長
①を達成するためには英国の長寿命住宅にならって、住宅の寿命を伸ばさねばならない。親父が定年まで働いて住宅ローンを払う、息子も、孫も同じ人生の繰り返しの、ざるで水をすくうような人生はやめるべきと思ってます。
これは経済上も大きく国力を弱めています。私の木造300年住宅の構想は出来ましたので、今後試設計して、コストを算出して、現状のハウスメーカー、一戸建て工務店に対抗できるか検討したいと思もっています。
③マテリアル使用
エネルギー使用との両立を図る。世界の林業国は建材、用材、パルプなどのマテリアル使用があつて、エネルギー使用も成り立っています。日本でも木材のカスケイド利用が重要と思います。エネルギー利用は地産地消方式でまず進めるべきと思います。荒川さんから先日いただいた世界の森林面積をみても日本は森林大国ではない。世界の森林面積を人口70億人で割ると、0.56ha/人ですが、日本のそれは0.2/haです。日本の木材輸入国でのそれはカナダは40倍、フィンランドは20倍です。
昨年度国は国産材使用新築住宅に最高60万円の補助をしましたが、本年度はやめました。予算が無いからか、カナダからWTO違反の指摘を受けたからかは分りませんが。まともに林業大国には対抗できていない。作戦(Strategy)が必要です。日本だけにある杉、檜の住宅は海外の富裕層には羨望の的と聞いたことがあります。
ハイテク住宅を輸出したい。英国では檜風呂とか杉の酒樽入りの日本酒は売れませんか?これは冗談ですが。 本多 信一
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このたびの長寿命住宅のお話ありがとうございました。100年以上が当たり前の英国の住宅に対して、日本の住宅が30年しか持たないとは全く情けない話です。たまたま「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」神埼隆洋著(文春文庫2009年12月刊)を読んだばかりでしたので、住宅建築に特別の思いがありました。これは本多さんの領域ですが、素人なりに感じたことをいくつか挙げてみましょう。
英国などの住宅は、伝統的にレンガの外壁に無垢の木を内装や家具に使用しているかと思います。すべてが天然素材ですから、健康的で、手入れさえしてゆけば数百年は優に持つというわけです。
それに古いものほど喜ぶという英国人の価値観が、このような長寿命住宅を支えてきたのでしょう。住宅のあり方をあらためて考えさせられました。しかしその英国でも住宅の寿命を延ばすために、たいへんな努力を重ねていることは驚きです。その考え方には「いい家は—」と共通するところがたくさんありました。日本の家でも、木造を中心に考えれば百年住宅は充分可能でしょう。私たちのお仲間のKVSの大河内さんは、早くから2百年住宅(木造)を提唱しています。古民家は長寿命の証しです。少なくても3世代は住みたい。そうでなければストックにはなりません。資源の食いつぶしで、環境にも健康にも有害です。無垢の木と漆喰を推奨するこの本は、いま続編も出て売れているそうです。
英国では省エネ断熱に力を入れていることから、結露やカビ対策、シロアリ対策がたいへんなようですね。それに比べれば日本の在来工法で無垢の木と漆喰であれば、それほど結露はなく、ヒノキや青森ヒバはシロアリに食われにくいそうです。日本固有の木材で、日本の風土に合った健康的な住宅を何とか目指してゆきたいものです。ただここで気になったことは、最近の木造建築復活のカギとされる集成材です。国産材ではあるものの、接着剤に頼ることは問題でしょう。これは無垢の木のまま使って欲しいのです。その点は、英国ではどのように考えているのでしょうか。
吉澤有介
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コメントありがとうございます。英国に長寿命住宅が多い理由に吉澤さんの言われる”古いものを喜ぶという価値観”が確かにあると思います。一般的な英国人は、住宅を買う時は中古住宅選びます。その理由として古い住宅ほど何代にもわたって、その住宅に住んで来た前住人の知恵と工夫が凝縮されており、100年以上の風雪に耐え、今日でも立派な住宅として佇まいを保っている事実は、丈夫な住宅の証でもあり、そこに何事にも変えがたい普遍の価値を見出していると思います。ちなみに、英国人の娘婿が、結婚3年目に購入した家が、150年以上は経っている、ビクトリア時代のテラスハウスと言う長屋でした。娘婿にどうしてこんな古い家を買ったのかとたずねると、「古い家ほど丈夫な家の証で、様々なキャラクターがあり、新しい家では絶対に味わえない」、と言い、さらに、「玄関ドア、ドアのガラス部分のステンドグラス、玄関の床の大理石、階段の彫刻が入った木の手すり、各部屋毎にデザインの異なる暖炉等々が全てオリジナルで、実にいい」と、言ったのには驚きました。彼は当時35歳でした。
気候風土や歴史や文化の違いから、住宅に対する考え方も様々ですが、寿命を長くする工夫は、何処の国も替わらないと思いますが・・
さて、集成材ですが、確かに工場生産するので、強度、耐火性、寸法精度等も保たれ、現場での作業性も良さそうなので、日本での普及が進むのはやもうえない事だと思います。英国では住宅に使われる木の絶対量が日本より少なく、屋根や床の構造体に使われるので、無垢の木が多く、集成材の使用は極めて少ないと思います。お仲間の、大河内さんの提唱される日本の気候風土に相応しい、木造の二百年住宅を街並みも含めて、是非実現してほしいですね。 荒川英敏