―1000年続く森と林業の恵み―
著者は、北大農学部、北海道林業試験場で森林生態学に取り組み、現在は東北大学大学院教授。
わが国では殆ど失われた天然林を追って、その成立の仕組みを明らかにしてきた。
岩手と宮城の県境にある自鏡山には、貴重な天然林が保存されている。さまざまな種類の巨木が3~40mおきに天を衝いて聳え、まさに別世界を見るようだ。豊かな天然林には、なぜ多くの種類の巨樹たちが混じり合っているのだろうか。なにか特別な仕掛けがあるに違いない。一方私たちの周りにある人工林は、ほとんどが針葉樹の一斉林である。効率的な木材生産を求めて植林したのにそのまま放置され、林地は荒れ放題で環境保全機能まで失われてしまった。原因は経済的なものとされているが、短期的に経済効率を求めても、自然のメカニズムに沿っていなければ、もともと成り立たつはずはなかったのだ。
林業は、やはり老熟した天然林に学ぶことだ。生き物たちの精妙な関係が創り上げる自然のメカニズムに沿って、はじめて持続可能な産業になりうるのである。最近、ようやく林業白書も「生物多様生の保全」を森林の第一の役割とし、「針広混交林化」の施策を打ち出したが、そのためには天然林の研究が重要なカギを握っているはずだ。しかし現実には、その科学的根拠を曖昧にしたまま「はやり」に乗って安易に進めようとしている。
本書では、天然林が多種共存のメカニズムによって創られてゆく過程を明らかにした。森林は、洪水や山火事や地すべりなど大地の攪乱の後に、まず先駆種が侵入して純林をつくる。しかしその実生(子供たち)は親の近くでは育ちにくい。密度が高いと動物に食べられたり病原菌にやられてしまう。むしろ親木から遠くに離れた場所で生まれた子供が元気に育つ。親と子が離れると空き地ができ、そこに他種が侵入する。自然に多様な樹種が交じり合って安定し、そのまま持続する。これはジャンセンとコンネルが出した仮説だが、多くの地域で実証された。病原菌が強すぎると、子供を守る菌根菌が活動してバランスをとる。これは森だけでなく、草原でも成り立っていた。多種の植物があると、それぞれに根の深さが違い、土壌の中の硝酸塩やチッソの利用効率が上がる。草木の生産効率が高まるのである。また天然林では害虫がすくない。多様な樹種があるとそれぞれに昆虫がいて、互いに天敵になるからだ。病気の蔓延も防ぐ。近年問題となっている「ナラ枯れ」も、里山の手入れが遅れて大口径の老木を好むカシノナガクイムシが増殖したせいだ。薪炭林の昔からの萌芽更新で遺伝子が劣化したこともある。この分野での実証実験は内外で多い。
著者は伊勢神宮の森を指針として、人工林の広葉樹混交林化の具体策を提唱している。まず強度間伐が最適という。30%では効果がなく、50~70%が望ましい。近くの広葉樹が侵入して混交林を形成してくれる。それも帯状間伐すれば、後の集材もやりやすくなる。林地区分のゾーニングはあまり好ましくない。たとえスギの一等地でも混交林にして、広葉樹の有効活用を考えたい。優秀な材が多いので用途は広いはずだ。まとめてチップのエネルギーとすると、また多様性が失われる。森林の生態系機能に合わせて利用することだ。そのためバイオマス燃料は、やはり地域の間伐材が良い。森林科学の好著であった。「了」